3-4 五百年の時を越え、ビオラが見る新しい世界は輝いていた。

 朝食を終えた後、ガレージに降りると再びビオラが歓声を上げた。


「ラス、あれは何じゃ!」

「バイクか? 少し古い型だけどな……そんな珍しいか?」


 小さな指が指し示すのは自動二輪車オートバイだ。

 サイドカー付きを見たことがないのだろうかと首を傾げながら、ビオラをシートに下ろした。


「ばいく? 初めて見るぞ!」

「まぁ、庶民の乗り物だからな。国王の寵姫ちょうき様は乗ったことがないか」

「乗り物? こんな小さいのをどうやって馬に引かせるのじゃ?」

「……馬?」


 しばらくの間を置き、ああとに落ちた。

 五百年前にバイクはない。当たり前のことに、俺は今更ながら気づいた。

 きょろきょろするビオラをよそに、俺はシートにまたがってキーを差し込む。

 スロットルを回せば、エンジンが動き出す音が響いた。それにビオラはビクンっと肩を震わせ、勢いよく俺を見上げる。あわあわと口を震わせてるのが面白くて、思わずニヤリと笑った。


「危ないから、そこで立ち上がんなよ」

 

 スロットルを大きく回し、一度、エンジン音を勢いよくとどろかせれば、小さい口が「何事じゃ!?」と叫んだ。

 それからしばらく臨戦態勢のような顔をしていたビオラは、バイクが走り出すと驚きに目を輝かせ、歓声を上げた。


「なんじゃ、このバイクとやらは! 馬車より早いの!」


 山道を下り、ガタンっと揺れた時も面白そうにキャッキャと声を上げる。シートの中から外を眺めるビオラは、終始ご機嫌だった。

 

   ***


 まず辿り着いたのは靴屋だ。


「バイクはもうしまいか?」

「またすぐ乗せてやる」


 興奮冷めやらぬと言ったビオラを抱え上げ、靴屋に入ると馴染みの女店主ミアが出たきた。俺の顔を見てすぐ横のビオラの顔を見て。それをしばらく繰り返した彼女は、口元を引きつらせた。

 

「ラス……あんた、いつの間に子持ちになったのよ?」

「客に向かって、開口一発がそれってどうなんだ?」

「だって、あんたが子ども抱えてるって、あり得ない! どこの女、はらませたのよ!」

「……俺ってそういうイメージなのか? これは、預かってる子だ」


 小さな布張りのソファーにビオラを下ろして首をコキコキ鳴らすと、ミアは半信半疑といった顔で俺とビオラを交互に見る。


「靴が小さくなって痛いと言っててな」

「あら、成長期ね。それは良くないわ」


 ぱっと表情を晴れやかにしたミアは、ビオラの前に測定板を置いた。


「ここに立ってくれるかな? ありがとう。それじゃ、ちょっと足を測らせてね」


 メジャーを取り出し、手早く足の大きさを測ったミアは、うんうんと頷くと奥の部屋に入っていった。

 再びソファーに腰を下ろしたビオラは足をふらふら動かすと落ち着かない様子で店内を見回した。


「ラス、靴を作るには時間が必要じゃろ?」

「奥に在庫があるだろうから、その中に合うのがあればすぐだろう」

「在庫? 今は靴も豊富にあるのだな」

「五百年前は違うのか?」

「そうじゃな」


 小さな指が、陳列される男性向けの革靴を指さした。


「ああいった丁寧な仕事のものは、貴族や商人でなければ買えぬ。庶民の靴は動物の皮を縫い合わせて紐で縛る単純なものじゃ」

「お前は、贅沢な靴を履いてたんだろうな」


 何せ、国王の寵姫、暴食の魔女だったのだからとまで言わずとも、ビオラは俺の言いたいことが分かったらしい。少しばかり眉をひそめて唇を尖らせた。そして、そうでもないと小さくこぼした。


「お待たせ! 可愛いのがあったわよ」


 ミアの大きな声が響き渡り、ビオラは開いていた口を結んだ。

 何を言いかけたのか気にはなったが、いくつかの箱が並べられると、ビオラの意識はすっかりそちらに向いてしまった。


「まずはコレ!」


 出されたのは白い革靴だった。リボンがついている。それを履いてみたビオラは、少し指が当たるという。次に出てきたのは、薄いピンクの花があしらわれていた。それは、くるぶしが当たって痛いという。


「痛いのは困るわね……これはどうかしら?」


 それから出てきたのは、赤い靴だった。足首を固定するリボンにも赤い花が飾られている。

 足を入れ、立ち上がったビオラの顔がぱっと華やぐ。そのまま店内を軽やかに歩き回り、スカートの裾を翻した。どうやら、気に入ったらしい。

 ミアと顔を見合わせ、思わず笑った。


「あれ、貰えるかな」

「お買い上げ、ありがとうございます」


 にやりと笑ったミアは値札を見せると「特別一割引で良いわよ」と付け加えた。

 おいおい、とんだ買い物だな。これも、経費としてダグラス・メナードに請求するか。


「どうした、ラス?」


 ため息をついた俺の顔を覗き込むように、下から見上げるビオラはご機嫌な笑顔を見せた。

 まぁ、靴一足くらいで喜ぶなら、可愛いもんか。

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