2-9 我は時を進めし者、ラッセルオーリー・ラスト!

 作業台に立て掛けていた杖を手にし、その先で床板を叩いた。

 息を深く吐き、呼吸を整える。


てつく黒の大地に芽吹く青き花」


 こんこんっと床を叩けば、魔法陣の周囲から青い光が立ち上がった。それはまるで、花が開くように少しずつ広がっていく。


「赤と白の風に誘われ、時を進めよ」


 俺の声に呼応するように、風が生まれる。

 熱をはらんだ風は赤い尾を引き、俺の赤毛を揺らした。まるで常夏を感じさせる一陣の風が、青い光を巻き上げた。

 二つの輝きが混ざり合い、すみれ色に染まった風の渦巻く中、魔法陣が白銀の輝きを放った。

 さあ、時を進めよう。


「時は来た。汝の封を解き、真の姿を開放する。我は時を進めし者、ラッセルオーリー・ラスト!」


 杖を突き立て、高らかに名乗りを上げる。

 直後だ。パンッと破裂音が上がり、白い宝石が一つはじけ飛んだ。

 反射的に舌打ちをし、杖をさらに強く握りしめた。


「持ちこたえてくれよ!」


 流れる魔力を練り上げ、杖の先に込める。そして、まるで錠前に差し込む鍵山のような形をしたそれで、魔法陣を示した。

 菫色の風が渦巻く中からびしびしと暗い魔力が放たれている。なんて重いんだ。


 杖を右に一度、回すとカチリと音が鳴った。

 石は割れていない。安堵に浅く息を吐き、再び杖に魔力を流す。カチリ、カチリと、二度、三度と杖を回し続けた。四度目、同じように動作を繰り返そうとしたその時だ。

 パンパンッと音を立てて、続けざまに白い宝石が砕け散った。


「くっそ……無理なのか!?」


 砕けた宝石の輝きを巻き込み、菫色の風が膨れ上がった。


 渦を巻いた菫色の風は鏡を持ち上げて飲み込み、まるで球体のようになって魔法陣の上に浮かんでいる。

 冗談じゃない。準備に大金積んでんだ。諦めてたまるか。

 準備不足だったかと、一瞬だけ後悔の念もよぎったが、始めてしまったものは止められない。


 次の一手はどうするか、一度巻き戻すか。いや、まだ石は残っている。もう一度、解除を試みるか。そう大金を脳裏に浮かべながら考えていた。

 その時だ。轟々ごうごうと唸るような風の音の中から、声が聞こえてきた。


 ──ふふふっ。

 愉快そうに笑う、女の声。


「やっぱり、封じられているのは、人間か!」


 音が聞こえるということは、全てを遮断していたはずの封印にほころびが出来たということだ。

 望みはまだあると思えば、俄然がぜんやる気が出るというものだ。

 無意識に口元がゆるまった。

 そうと決まれば、次なる一手は強硬手段。不完全だとしても、開けてしまえばいい。

 

「ちーっとばかし、手荒に行くぜ!」


 ガツンっと杖で床を叩き、その先を魔法陣に突き立てる。

 ぶわりと強烈な魔力が波となり、俺に覆いかぶさってきた。これは、鏡が放つものなのか。それとも封じられたものなのか。

 嫌な汗が背中を伝い落ちた。だが──


「時にあらがうなかれ。扉は開かれる!」


 意を決し、杖に力を込めてその先を魔法陣の描かれた床に差し込んだ。まるで錠前に差し込むように、杖の先は床に飲み込まれる。不自然にずぶずぶと入っていき、何かに突き当たった。

 硬く冷ややかな、まるで巨大な氷山にアイスピッグを突き立てたような感覚だ。


 まさしく全身全霊の魔力を杖に流し込む。そして、掴んだ柄を右に回した。

 ガチャッと音が響いた瞬間だ。

 耳をつんざくほどの爆音とともに、菫色の風がはじけ飛んだ。照明器具も全て割れ、部屋中の物が一瞬、舞い上がる。


 仕込んでいた遮断魔法を吹き飛ばす激しい衝撃に、ありとあらゆるものが巻き上げられ、床に壁にと叩きつけられて激しい音を立てた。

 展開された防御魔法も砕け散る。

 なんて魔力だ。


 強烈な爆風に耐え切れず、杖から手を放してしまったことを後悔する間もなく、あおられた体は吹き飛ばされた。壁が目前に迫った直前、突き出した掌から防御魔法を放つ。

 壁に浮かんだ輝く魔法陣に上手いこと足をつければ、衝撃は全て吸収された。

 暗がりの部屋を、壁に着地した体制のまま辺りをうかがった。


 荒れ狂った風はすでに止んでいる。

 口の中に血の味が広がり、顔や腕のあちこちがひりひりと痛む。だが、今はそんな小さな傷なんてどうでもいい。

 瓦礫が散らかる床に降り立ち、ツバとともに血を吐きだして散らかったものを蹴ってどかす。


「解除、出来た……のか?」


 外から差し込む夜明け前の薄明かりの中、魔法陣を描いた辺りを見るが、すでに白銀の輝きは消えていた。よく見れば、そこに人影が一つあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る