2-5 いくら胸がデカくても子どもに興味はない。今、欲しいのは魔法石だ!

 翌日、解体屋を訪れて調達して欲しいものがあると話すと、ジョリーがカウンターに頬杖をついたままの姿で「で?」と俺に尋ねた。実に不愉快そうな顔で。

 

「だから、ちょっと協力して欲しいんだ。いつものように、な」

「ちょっとだ? 銀粉を量り売りするのと訳が違うだろう!」


 カウンターをバンっとしたたかに叩いたジョリーは、頭を抱えるようにしてその茶髪をかき乱した。


「魔法石が、そう簡単に手に入らないってのは、お前だって分かってるだろう!」

「だから白で良い。魔法付加エンチャントは自分でやる」

「その白でさえ、品不足だ! それを五つだって?」

「あるだろ?」


 さらりと尋ねれば、ジョリーは口を引き結んで心底嫌そうな顔をした。


「……お前なぁ、在庫なしになったら、こっちの商売あがったりだろうが」

「言い値で買うから、頼むって」


 ため息をついてそう言うと、ジョリーは引き気味になって「は?」と顔を歪ませる。まるで、俺を疑うような眼差しを向けてくるじゃないか。何が気に入らないと言うんだか。


「今なんて言った?」

「言い値で買うから、頼む」

「……お前、熱でもあるのか?」

「おい、失礼にもほどがあるぞ」

「いやいや、誰だってそう思うだろう! 守銭奴のラスが、言い値なんて言うか? そうか、お前、ラスをかた他所よそもんだな!」


 カウンターを乗り出すようにして、手を伸ばしたジョリーは俺の髪を掴んできた。

 俺の髪は長い尻尾のようになっている。掴むには手ごろだろう。いや、そんなことを思っている場合じゃない。こいつが力任せに引っ張っるってことは──


「いだっ! おい、引っ張るな。痛ぇだろうが! この筋肉バカ!」

「この三つ編みもヅラだろう!」


 冗談じゃない。この髪は地毛だ。このクソ馬鹿力が引っ張ったら抜ける前に引き千切れそうだ。


「抜ける! いや、千切れる! やめろって!」

「……ヅラじゃない」

「当たり前だ! 魔術師の髪は媒体になんだよ。気安く触るな!」

 

 引く力が弱まり、髪の先がぽてっとカウンターに落ちた。

 全く、抜けたら勿体もったいないだろう。ここまで伸ばすのに何年かかったと思ってるんだ。


 俺がぶつぶつ文句を言っていると、今度は背後からどんっと大きな衝撃を受けた。背中に柔らかいものが押し付けられ、おおよそ誰が乗り掛かってきたのか予測はついた。

 げんなりとして振り返ると、くりくりの青い目を輝かせた少女が背中にべったりくっついている。


「ラス! 来てたのね!」

「リアナ……お前もいたのか」

「うん! 今日は学校お休みだから、お兄ちゃんの手伝いに来たの」

「終わらない課題の手伝いをお願いに来た、の間違いだろう?」


 カウンター内の椅子に腰を下ろしたジョリーは、世話が焼けるなと言いながらも顔を緩めてリアナを見た。十も年が離れているためか、この男は昔から物凄く妹を甘やかしている。

 俺としては、さっさと邪魔だと言って追い出して欲しいんだが。


「少しは自分でやったのか?」

「何を?」

「課題だよ、課題」

「やったけど分かんないんだもん!」


 リアナは年に似合わないデカい胸のふくらみを俺の背中にぐいぐい押し当てながら、兄に不満そうな顔を見せる。

 頼むから、俺を挟んでほのぼのと兄妹の会話を続けないで欲しい。この状態が続けば、ジョリーの機嫌が悪くなるのは明白だ。

 案の定、リアナが俺にいっそう強く胸を押し付けると、ジョリーの頬がひきつり、目をつり上げてこちらを見た。


 俺を恨むなよ。これは不可抗力だ。リアナの胸を揉んでいるわけでもないだろう。お前の妹が勝手にのし掛かってきているだけだ。

 そう訴えたことも、過去にあったが、その時は「胸を揉むだと!?」と全く関係ない導火線に火をつけて大騒ぎになった。


 冷静な眼差しを向ける俺だが、果たしてジョリーは俺が困っていることを理解しただろうか。

 そもそも、いくら胸がデカくても子どもに興味はない。俺としたら、この状況は煩わしい限りだ。

 こんなことで、魔法石を売らないと、子どものようなことをジョリーに言い出されたら、こっちは商売あがったりだからな。


「ジョリー、仕事の話をしたいんだが」

「あぁ、そうだな。リアナ、仕事の話をしてるんだ」

「嘘だー。お兄ちゃん、ラスを揶揄からかって遊んでたじゃない!」

「そんなことはない! ほら、後で課題見てやるから、茶でも用意してこい」

「えー、あたし召使じゃないんですけど」


 ぷくっと頬を膨らませたリアナは、渋々俺から離れる。


「リアナのれるハーブティー好きだな」

「ラス、本当!? なら、今すぐ用意する!」

「そうだ。皆でブランチってのはどうかな?」

「素敵! サンドイッチとスープも作ってくるね。それと、昨日焼いたクッキーもあるの!」


 ぱっと頬を染めたリアナは、スカートをひるがえし、バタバタと奥にある小さなキッチンに向かっていった。

 これでしばらくは奥から出てこないだろう。

 ジョリーに向き直ると、むすっとした顔が俺を見ていた。

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