2-6 五百年前の遺物は美術品として価値が高い。と言われても興味はない。

「リアナはやらんぞ」

「は? 俺が欲しいのは魔法石だ」

「そんなもん、いくらでもくれてやる!」

「そりゃ助かるな」

「だが、リアナはやらないからな!」

「分かったって。何度も繰り返すなよ」


 腕を組んでフンッと鼻を鳴らすジョリーを見て、内心、深々とため息をつく。こいつは、嫁さんをもらって娘を溺愛するデレデレな父親になったが、重度のシスコンでもある。全くもって、厄介だ。


 未だジト目で俺を見るジョリーに、何度目か分からない「子どもに興味はない」を繰り返し訴えた。

 このやり取りは、かれこれ十年近く、リアナが七歳の頃から続いている。いい加減、こっちは飽きてきたというのに、ジョリーは未だに妹を俺にとられると思っているらしい。

 全くもって、迷惑な話だ。


「ジョリー、俺がしたいのは仕事の話だ」

「……何に使うんだ? せめて依頼品くらい見せろ」


 ひとまず納得したのか、ジョリーは立ち上がるとカウンター後ろの壁に並ぶ棚へと足を向けた。


 年季の入った棚の一番下には、頑丈な金庫がある。俺の師匠が作った封印付きのものだ。

 ジョリーは腰に下げた鍵束から銀の鍵を一本抜くと、錠前に差し込んだ。そして左手をかざせば、組み込まれる数字盤が自然と右に左にと回りだした。

 その様子を眺めながら、俺は口元を手で覆いながら考えていた。


 出来ればジョリー達を巻き込みたくはない。

 何せ、今回の依頼はメナード家のとく争いが絡んでいる。どうにかひとにが出ないよう、俺なりに手を尽くそうとは思っているが、下手をすれば騒動の真っただ中に放り込まれる。

 詳細は明かさず材料だけ頼もうと思ったが、そう簡単にはいかなそうだ。


「依頼品は、うちの金庫の中だ」

「あの封印庫か。厳重だな」

「それなりの年代物だしな」

「年代物?」


 金庫から箱を取り出したジョリーは勢いよく振り返った。その目はハートや星を飛ばす勢いで、キラキラと輝いている。

 しまった。選ぶ言葉を誤った。せめて、貴族の依頼だくらいにしておくんだった。そう気づくも、時すでに遅し。


 いい大人の男が、ちまたで流行りの恋愛小説に出てくるような、乙女の空気をかもし出さないで欲しい。花を咲かせるな。星を飛ばすな。がやっても可愛くもなんともないだろう。そう思いながら、俺は後悔のため息を深くついた。

 現物を見せたら、泣いて欲しがりそうだ。いや、説明をするだけでも同じだろう。


「おおよそ五百年前の鏡だ。入ってる箱の封印は解かれているが、鏡自体の封印が解けずにいる。そこで必要なのが五つの魔法石だ」

「五百年!?」

「あぁ、それで代用品の石を入れて解除を試みようと思っている」

「封印を施した術者は絞り込めるのか? 刻まれた古代魔術言語ロー・エンシェント・ソーサリーの癖は!?」

「待て。落ち着け」


 前のめりになって喰いついてきたジョリーは満面の笑みで、今にもよだれを垂らしかねない顔つきだ。これは欲しいから買い取らせろ、と言っているも同然だろう。

 ジョリーは解体屋であると同時に、骨董品や美術品の収集家コレクターだ。


 五百年前の遺物と言えば、当時滅んだ魔法大国ネヴィルネーダの遺産を初め、多くの遺物があり得ない高値で取引されている。

 特にネヴィルネーダの遺物は別格だ。

 世界の中心でありながら、一人の魔女と暗君フレデリックによって滅びの道を歩んだ国。今では想像もつかないような魔術に魔法道具、さらに優秀な魔術師を多く抱えてたと言われる。その全てが封印されることになったのだが、今の技術を上回る魔術で生み出された封印物は芸術品でもある。封印が解かれたものでも相当の価値があるとも言われてる。


 俺は美術品に興味はないから、入手した場合は全てジョリーに買い取ってもらっているのだが。

 近づく顔に向かって「売らないぞ」と言えば、一瞬にしてその表情が歪んだ。

 

「魔法石はやる! だから鏡を売ってくれ!」

「断る。だいたい、まともな状態で解除できるか怪しいんだ。粉々になるかもしれない」

「粉々!? 五百年前の美術品を、粉々!? それはダメだ。歴史的価値があるものだぞ!」

「知るかよ。俺が依頼されたのは封印の解除。鏡の状態はどうなっても良いって了承済みだ」

「……なんてことだ」


 絶望したジョリーは床にうずくまった。よっぽど欲しいのだろう。

 数十秒後だ。

 だんっと勢いよくカウンターに箱が置かれた。

 おいおい、大切な魔法石を保管している箱じゃないのか。


「分かった。協力はする。その代わり、現物は必ず状態維持に努めるんだ! そして、全て終わったら俺との交渉だ。他に売るなんてことはするなよ!」

「それで良いぜ」

「持つべきものは、幼馴染だな!」

「魔法石五つ、頼むぜ」

「任せろ!」


 そもそも、鏡が手に入るのも解除に成功したらの話だが。

 拳を握って打ち震えているジョリーをだましたわけじゃないが、これで上手いこと魔法石は確保できる算段がついた。

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