2-4 金と心中する気はないが、ちょっとばかし本気を出そうか。

 脳内では、守銭奴の俺と安全第一を訴える俺がせめぎ合っていた。

 命を賭けて死んでしまったら、元も子もない。だが、金塊を目の前にして諦めるのも簡単じゃない。何せ、成功すれば報酬は倍になるんだ。美味しいどころの話じゃない。


 ここは根性を見せる時か。はたまた、命あっての物種と引き下がるべきか。

 眉間のしわを揉み解しながら、俺はしばし考えた。そして出した答えは──

 

「──例えばだ。封じられているのが危害を加える存在だとする。その場合、俺がほうむれるかどうかは、実際、対面しなきゃ分からない」


 鏡に封じられたものは、想定している魔獣や魔王なんて物騒なものでない場合も一応ある。ただ、その可能性は低いが。


「……てっきり、解除の前に分かるものだと思ってました」

「遺物によっては、それが何か伝える書物や口伝くでんがある場合もある」


 そういった物があれば対策を取りやすいのだがと、ダグラスに思い当たらないか尋ねるも、彼は申し訳なさそうな顔をしてかぶりを振った。

 

「母からは、これしか預かっていません」

「そうか。なら、開けてみるしかないな」

「……危険なものが封じられていると、お考えですか?」

「その可能性が高い」

「もし、葬れないようなものだと……」


 じっと俺を見るダグラスは不安そうで、その顔は真っ青だ。

 もしもの場合を想定し、弟のことを考えているのかもしれない。葬れないとしたら、その前に俺の命がヤバくなるんだが、このお坊ちゃんは気付いてはいなさそうだ。

 

「そうならないように、打つ手はある。魔力の一部や物体の半分を封じて無力化を図ることだ」

「無力化……そんなことが出来るんですね」

「事前準備が面倒だが、可能だ。ただ、少しばかり無理にこじ開けることになる」

「……無理にと言うと、どうなるんですか?」

「最悪、店と俺が吹っ飛ぶ」

「えっ!? そ、そんな危険なことを──」


 果たして依頼して良いのだろうか。ダグラスはそう戸惑ったようだ。狼狽うろたえる様子を見て、彼は底抜けに人が良いのだろうと改めて感じた。

 このお坊ちゃんを封印解除に巻き込むのは、少々気が引けるな。


「俺一人なら、身を守ることは出来る。だが、同時にあんたを守ることは出来ない」

「私?」

「あぁ。まだ話していなかったが、封印解除には、依頼人を立ち会わせるのが俺のやり方だ」

「そうなんですか……」

「どうする? 俺と一緒に、命賭けてみるか?」


 尋ねると、ダグラスはしばらく俯いて鏡を凝視した。それは覚悟を決めるためか、諦めるためか。


「……私が立ち会わないのは、無理ですか?」

「俺が何もせず、中身は空だったと嘘をつくかもしれない。全く関係ないものを渡し、鏡は割れたと嘘をつくかもしれない」


 当然、そんなことをする気は毛頭ない。だが、今までそうやって疑われ、腹の探り合いをすることもあった。そうなるくらいなら、依頼を受けない方がマシだ。

 

「あなたを信じます」

「なぁ、簡単に、他人を信じない方が良いと思うぜ」

「そうですね。でも、あなたは貴族わたしびることなく対等に話してくれる。だから、信じたいんです」

「……そうか。じゃぁ、俺一人でやらせてもらう」


 真っすぐ見てくる瞳と、ダグラスのお人好しぶりに思わず吹き出して笑いそうになった。ここまで純真な貴族ってのも珍しいが、悪い気はしないな。

 元から騙す気はないし、そうまで言われたら、やるしかないだろう。


「依頼料は跳ね上がるが、構わないか?」


 そう告げれば、ダグラスの表情が晴れやかになった。鞄を開けて金の延べ棒を三本取り出し、テーブルに積み上げる。なんだ、まだあったのか。

 

「前金です」

「成功したら、さらに五本ってことか?」

「はい。足りないというなら、この鏡もお付けします。それなりの年代物です美術品としても価値があるでしょう」

「俺は美術品にはうといが……まぁ、良いだろう」


 少しばかり睡眠時間を削って準備を行い、多少荒っぽくても解除さえすれば、この倍の金塊の山が手に入る。

 銀の鏡に視線を向けた時だ。曇りのない鏡面から、えも知れぬ威圧感プレッシャーを感じた。


 もしかしたら、とんでもない依頼を受けたのかもしれない。そう、この時に気付いていたら、俺の人生は違ったのかもしれない。

 だけどこの時は、積まれた金の延べ棒が放つ輝きで、謎の威圧感も消されてしまった。

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