2-3 この依頼に命を懸けるだけの価値はあるのか。
ダグラス・メナードは、少し退屈な話でしょうがと前置くと、静かに事情を話し始めた。
「私の母シェリーは第二夫人になります。第一夫人ミラベル様の子は私と歳が十離れた弟、名をウィニーといいます」
まず語られた相関図を脳裏に描き、これは荒れて当然と思わずにはいられなかった。
ダグラスは俺と同じくらいの年と考えたら、弟は十五歳くらいか。
血筋を考えれば、おそらく後を継ぐのはウィニーだ。しかし、まだ宮廷学院に通っている年齢と考えれば、しばらくは後見人がついて公務を行うことになるだろう。その後見人は恐らく──
「お察しの通り、ウィニーの後見人は私になります。父もそう願っていました。ですが……突然、母が、私を跡継ぎにと言い出したんです」
「突然?」
「はい。跡を継ぐべきは私だと、頑なに。まるで、何かに
愛する夫を亡くして乱心したのか、それとも、誰かが良からぬことを吹き込んだのか。
おそらく後者だろうと思いながら口を噤んだ俺は、ダグラスの様子を
「誰かが、あんたの母親に良からぬことを吹き込んだ可能性は?」
「それはどうでしょうか……」
「例えばだ。父親が死ぬ少し前に仕えるようになった魔術師とか、いないか?」
「魔術師……いいえ、この数年は新しい者を入れていません。それに、母が言うには、鏡の解除を行える魔術師はメナード家にはいないそうです」
「そうか」
もしや、マーサーに魔剣を持たせた魔術師が絡んでいるのではと考えたが、俺の思い過ごしか。
「父が他界するまでは、母も第一夫人と仲良かったのですが……どうして、このようなことに」
父親がいた時は兄弟仲も良かったのだと話し、ダグラスは肩を落とすと深くため息をついた。
「私は、ウィニーが後を継ぐことに賛成なんです」
「だけど母親の願いも無下にできず、まごまごしてたらお家騒動に発展したと」
「……お恥ずかしい限りです」
半ば呆れて言えば、ダグラスは静かに頷いた。
どうもこのお坊ちゃんは穏やかで覇気がない。こんなんで当主になっても、周りにいいように扱われそうだ。弟のウィニーがどんな少年かは分からないが、彼が言うように、後見人として弟を支える方が色々と上手くいきそうな気がする。
俺は貴族に取り入ろうって気はないから、どっちが当主になろうと関係ないが、関わる以上は大事に巻き込まれたくもない。
だが、裏があればあるほど積まれる金も跳ね上がるもんだ。そこを考えると簡単に断るのもどうか。
「なんとなくだが、あんたの事情は分かった。で、それに鏡がどう関わるんだ?」
俺が尋ねると、ダグラスは視線を逸らし、少し間を置いて「母が望んでいます」と言った。
つまり、鏡に封じられているものを使って優位に立とうって
「その鏡には、私の未来を切り開くのに必要なものが封じられている……そう言っていました」
「母親はこれが何か分かっているが、あんたは教えられていないのか」
「……はい」
「もしもだ。これにとんでもない化け物が封じられていて、それを使って弟の命を狙っているとしたら、どうする?」
もしもと言ったが、話を聞く限りその線が濃厚だ。
過去にも何度か、危険な話が絡んだ依頼を受けたこともある。とは言え、出来れば貴族のごたごたには巻き込まれたくない。ことと次第によったら、俺がダグラス派に加担してることになり、弟暗殺の首謀者にされかねないからな。
ダグラスの視線が
「その時は、それを葬る……あるいは、再び封じて欲しいです」
「なるほど。それじゃ、解除したと見せかけて再び封じたと嘘をついても構わないってことか」
「それは……」
「それだと、母親に示しがつかないか?」
「はい。出来れば別のものに封じて頂きたいです」
ダグラスは弟と争う気はないが、母親と対立する気もないってことか。
しかし、なかなかの注文だ。
古い封印物に、魔獣や凶悪な罪人、あるいは魔王と呼ばれる魔術師が封じられている場合がある。解除を行った者の力量によっては、従わせることも出来るが、そう簡単じゃない。当然だが、別のものに封印するのも、葬るのも骨が折れる。
唸りながら鏡を見ていると、ダグラスは「あなたにも無理ですか?」と尋ねてきた。
無理と言うより、この仕事にうま味がどれほどあるかって話だ。下手をすれば命を賭けることになる。店が吹き飛ぶくらいならまだマシかもしれないな。
俺はダグラスを見て「無理ではない」と言いきった。
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