1-6 噂話が好きな解体屋ジョリーは、情報が早いが娘にデレデレなのが欠点だ。

 あくる日、再び町を訪れた。

 元々、昨日は封印解除を行う際、必要となる導具と素材を買いに、馴染みの店へ行く予定だった。そのついでに日用品を買いそろえるため、商店街に寄ったのだ。


 昨日の今日だ。度々、面倒ごとに巻き込まれることはないだろう。

 しかし、昨夜のことを思い出すと俺の足は海沿いの商店街から遠退いた。なぜって、別れ間際まで小憎らしい顔でをしてきたマーサーを思い出したからだ。

 婆さんは面倒を見る気満々だったし、いつもの道を通ったなら、間違いなく二人に会うだろう。

 ガキはどうも苦手だ。出来れば関わり合うのを回避したい。


 寄り道をせずに本来の目的地、職人通りの外れにある解体ジャンク屋を訪れると、繋ぎ姿の男がにやにやと笑いながら俺を出迎えた。

 

「ラス! 昨日はずいぶん派手にやったんだってな?」


 首にかかるタオルで眼鏡の汚れを拭ってかけなおした男は、この店の主であり、俺の幼馴染でもあるジョリー・コナーだ。


「情報が早いな」

「町の連中は、噂話が好きだからな! で、女の逆恨みで刺されそうになったんだって?」

「違う。曲解も良いとこだぞ」


 カウンターの椅子に腰を下ろし、呆れながら昨日のことを掻い摘んで説明すると、ジョリーは次第につまらなそうな顔になった。

 あまりの豹変ひょうへんぶりに、噂好きなのは町の連中と言うより、お前じゃないのかと尋ねたくもなる。


「つまり、お前の命を狙ったのは、その魔剣をガキに持たせた謎のおっさんってことか」

「そうなるな。けど、俺はメナード家から依頼を受けたこともなければ、そのオリーブって女も知らないんだ」

「ガキは、そのおっさんの名前も顔も覚えていないのか?」

「きっちり忘却の魔法をかけられている。マーサーは知らないって言っていたが、性別それすら怪しいな」


 思い出そうとしても、霧がかかったようにそこだけそっくり思い出せないとマーサーは言っていた。ただ、おじさんだった気がすると。

 記憶を操作する系統の魔法は、無理をすると意識混濁や記憶障害を起こしかねない。そうして思い出させたところで、隠された記憶を思い出すことに良いことはない。

 犯人だって、顔を知られたくないわけだ。思い出しでもしたら命を狙われる可能性も出るだろう。十中八九、忘れた方が安全だ。


「おかげで、犯人の手掛かりはさっぱりだ」

「唯一分かるのは、そいつが魔術師ってことぐらいか」


 ため息をつく俺に、慰めの言葉一つかけず、ジョリーはいつものことだなと笑い飛ばした。

 その通りではあるんだが、全く身の覚えがないというのは薄気味悪い。仕事や客を盗られたと逆恨みする魔術師なら、いくらでも思い出せるんだが。

 ここ最近、何か恨まれるようなことをしただろうか?

 

「てっきり、ついにラスにも女が出来て、愛憎劇が繰り広げられたのか! と期待したのになぁ」

「おい、愛憎ってなんだよ。愛憎って」

「敵の多いお前のことだ。女だって一筋縄じゃいかなそうだろ?」

「俺は静かな家庭が築ければそれでいいんだけど」

「お前が、静かな家庭? そりゃぁ、無理だな! 諦めろ」


 色々と突っ込みを入れたくなったが、俺自身、静かな家庭と言いながらそれが全く想像出来やしない。女が必要なら花街に行けば事足りるしな。


「おい、ラス。女を抱くなら花街に行けばいいとか考えただろ?」

「悪いかよ」

「あのなぁ、それと家庭を持つってのは意味が違うぞ! 美味い飯を作ってくれるに、天使の笑顔で走り寄る娘!」


 唐突に力説を始めたジョリーから視線を逸らし、これ見よがしにため息をついた。

 昨年、待望の第一子が生まれ、こいつはすっかり娘にデレデレだ。ことあるごとに娘自慢を始める。


「今朝だって、家を出る前にパパいっちゃやーって抱き着いてきてだな!」

「はいはい、幸せなのはいいことだ。そんなことより、いつものが欲しいんだけど」


 軽く受け流すと、娘の真似をしていたのか両手を広げ、花を咲かせんばかりのアホづらを晒していたジョリーは、つまらなそうに口を尖らせて「聞けよ」と惚気のろけの続きを披露しようとした。


「俺は忙しいんだ。さっさと帰ってチョークを作らなきゃなんねぇんだ。惚気話は他の奴に聞かせろ。それこそ、露天商の婆さんなら喜んで聞いてくれると思うぜ」

「独り身のお前に聞かせるから、面白いんだろうが」

「おい、嫌がらせかよ」


 いつもの顔に戻ったジョリーは、悪びれる様子もなく背を向けて、壁に並ぶ棚の戸を一つ開けた。

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