第一章 守銭奴魔術師の日常

1-1 金は裏切らない。積まれた金に見合った仕事はきっちりやり通す。そして、出来ない仕事は引き受けない。それが俺の信条だ!

 カウンターに置かれた金属の塊を前にし、思わず口元がにやけそうになった。

 封印物の解除を依頼に来た男は、緊張した面持ちで俺の表情を読もうとしている。ここで解けると知られては、依頼料を値切られるのがオチだ。そんな勿体ないことをする気は毛頭ない。

 口元を引き締め、ジャケットの内側から取り出した手袋に指を通しながら、改めてそれを眺めた。


「これを、開けろって?」

「はい。他界した父のものです」

「古い遺物って感じはしないな……繋ぎ目はなし、か」

 

 綺麗な正六面体キューブを静かに手に取った。

 大きさにして、おおよそ8センチ四方。これだけの金属の塊ならずしりと重量が感じられて当然だろう。しかし、手にかかる重さはクッキーの缶か保存瓶程度のものだ。切れ目のようなものもないから、箱と言えないが、持ち上げた感触は箱だ。

 その全体は、細い線で刻まれた紋様に覆われている。素人目にはただの飾り彫りに見えるだろうが、魔術師が見れば、古代魔術言語エンシェント・ソーサリーに間違いないとすぐ分かるだろう。

 線をなぞり文字列を確認し、軽く正四面体を振ってみるが大きくぶつかる音はない。中身が空と言う場合もありそうだ。


「中身の有無に限らず、封印解除の金額は変わらないぜ。このサイズのものは……金貨ソル一枚だな」

「金貨一枚!?」

 

 おおよそ、一ヵ月の食費か酒代でも考えたのだろう。

 金貨一枚と言えば、低賃金の労働者からしたら月収の半分以上の額だ。貴族でもなければ、そう簡単に払えるものじゃない。

 目の前の男は貴族には見えない。ほいほいと金貨を出すことはないだろうが、こっちも商売だ。

 解除にはそれなりに準備時間と金がかかるし、サービス精神でやっていけるものでもないんでね。相手のふところを見て吹っ掛けることがあっても、そう簡単に料金をまけてやることは出来ない。


「他、紹介してやろうか? まぁ、うちほど良心的なとこはないだろうけど。他じゃ、成功報酬として追加料金が上乗せされたり、現物が壊されても金が戻らないことだってある」

「壊れる……?」

「あぁ、解除に失敗して中身ごとな。その場合、うちは全額返却するが、他のとこはそうじゃねぇよ。物も金も失うことになる」

 

 そもそも、失敗をするような遺物に出会うことは少ないのだが。そんなこと、素人は知りもしない。だから、ちまたには質の悪い魔術師が「これはすごく難しいものです」とかなんとか言って、詐欺まがいのことをしている店まである。それでも、封印物には価値ある宝が眠っていることもあり、一獲千金を狙うやからが後を絶たず、それを狙う質の悪い安い店も多い。

 まぁ、俺は金をきっちりもらうが、詐欺まがいなことは一ミリもしないけどな。

 

 男は正六面体を手に取ると、難しい顔をして低く唸った。

 よほど大切なものなのだろう。壊れてしまうくらいなら、そのままで良いとさえ思っているかもしれない。

 つまり、絶対に壊れないという安心を与えれば、この客は金を払う。


「壊れてしまうくらいなら、このまま……」

「俺なら! きっちり開けるぜ」

 

 予想通りに男が台詞を言い終える前に、声を張り上げて言い切る。こういった場面は、強気に笑うのが相場ってもんだ。


「あんた、俺の通り名を知らないか?」

「……守銭奴魔術師ラス」

「あぁ! だの不名誉だのって言うやつもいるけどな。俺はその名に満足してる。金は裏切らない。積まれた金に見合った仕事はきっちりやり通す。そして、出来ない仕事は引き受けない」


 それが俺の信条だと言えば、男は手の中の正六面体をじっと見た。

 亡くした親の形見なら、壊したくないだろう。親の顔なんてよく覚えていない俺でも、その気持ちは分かる。

 流れた沈黙の中、行方知れずとなっている師匠の横顔を思い出し、わずかにしんみりとした気分になりかけた。おそらく、目の前の男も同じような気持ちなのだろう。

 だが、その気持ちを理由に値引くかと言ったら、話は別だ。


「その遺物に託された親父さんの思い、開いてやろうぜ、旦那」


 きっちり、金貨一枚、置いていってもらうぜ。

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