忘れる記憶
西影
ただの日常 ー忘れる記憶ー
「気持ちよさそうに寝てるかと思ったら、なんでイスごと倒れるんだよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
現国の先生の呆れたような声が耳に入ってくる。意識が覚醒すると共に今の状況を思い出した。
そうだ、今は現国の授業中だったんだ。
溢れんばかりに聞こえてくる笑い声。四方八方から集まる視線で頭が沸騰しそうだ。
「ははは、自分が死ぬ夢を見てつい……」
急いでイスを立て直し、座り直す。こんなに寝相が悪い日は生まれて初めてだ。羞恥心で軽く数回は死ねる。
「頭打ってたが、保健室は行かなくていいのか?」
「大丈夫です」
「そうか、まぁ無事ならいい。とりあえず『城の崎にて』の続きを読んでくれ。七十四ページの十一段落からな」
「はーい」
机に開いたままだった教科書を持ちあげる。指示された箇所を見つけると、ちょうど主人公がいもりを殺した後だった。
『自分はとんだことをしたと思った。虫を殺すことをよくする自分であるが、その気がまったくないのに殺してしまったのは自分に妙な嫌な気がさした。もとより……』
***
「それでさ、コイツいきなりイスごと倒れたんだよ」
部活終わりの放課後。夕日が赤く染め上げる空の下で、俺は友達二人と帰路を辿っていた。
「イスごと倒れるってどうするんだよ。てか、もしかしてそれ六時限か?」
「正解、なんで分かったんだ?」
「こっちのクラスまで笑い声聞こえてきたからさ。そっか、そりゃ納得」
「何が納得だよ!」
声を大にして否定するが二人は笑って受け流す。だけど本当にバカにして言ってるのではなく、話題として出されてるだけなので怒りは湧いてこない。
「それじゃ、バイバイ」
「またな」
「おう!」
二人とは違う方面なので分かれて家路に就く。さっきまでの話し声が聞こえないことに、いつもながら寂しさを覚えつつ、交差点の信号で立ち止まった。
いつもは賑やかな交差点も今だけは俺一人。しかしそれは人間に限った話。カー、カー、と鳴いて集まるカラスの姿は獲物を狙っているように見える。そういえば、カラスってなんの象徴の生き物だったっけ。
車が通っていない交差点で律儀に足を止めていると、一匹の黒猫が隣を通った。そのまま交差点の上を歩いていく。
おいおいおい。
いくら車が通ってないとは言え、危なくないか? 仮に今から車が来てしまったらどうなることか。
想像してしまい寒気がする。もしそんなものを見てしまったら夢にまで出てきそうだ。
「……ったく」
黒猫の後を追って交差点へ。道路から追い払おうとするが、なぜか黒猫はこちらに歩み寄ってきた。
俺が疑問符を浮かべていると、黒猫は自分の匂いを擦り付けるように足の周りを歩く。その仕草が可愛らしくて気が緩んだ。
俺は屈んで優しく猫を抱き上げる。
「ほら、いい子だから赤信号で渡ったらダメだぞ」
ニャーという返事をもらい、すぐに去ろうとした……その刹那。
「――!?」
背中から強い衝撃が走る。まともな声も出せない。体が地面から離れ、硬く目を瞑る。
ガシャンと大きな音を立てて俺は目を覚ました。打った頭が無事か確認するために手で擦る。目を開けるとなぜか教室の天井が視界一杯に広がっていた。
どういうことだ? これ?
だって俺はさっき車に轢かれて……。
寝起きのせいか意識がはっきりとしてこない。黒板の方へ視線を向けると先生が口を開いた。
「気持ちよさそうに寝てるかと思ったら、なんでイスごと倒れるんだよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
忘れる記憶 西影 @Nishikage
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます