ハッピー・コンティニュー
「ただいまー!」
「おかえり。」
仕事から帰ってきた彼女に、出迎えと労いの言葉を掛ける。
少し疲労が滲んでいるものの、その顔には穏やかな笑みを浮かべている。ほとんど毎日見ているけれど、帰ってくる度に心が弾み、嬉しくなってしまう。
「来月の頭に撮影の予定入れるつもりだけど、大丈夫?」
「うん。記念日以外なら大丈夫だよ。」
「あはっ、勿論。その日は私もお休み入れてる。」
高校を卒業後、私は普通に地元の会社に入ったのだが早くに退職し、現在はモデルとして活動している。頭にキッズファッションの、と付くけれど。
子供体型な外見のお陰もあり、定期的に撮影の仕事が来る様になって数年が経つ。本物の子供はすぐに成長してしまう中、私は成人済みであり外見に大きな変化が起きないからだ。彼女の好みである事以外は不便だと思っていたが、何事も一長一短と言う事なのだろう。
そして私の専属マネージャーが、先程帰ってきた彼女。妻でもある、陽葵だ。
「それにしても、良い匂い。お腹空いちゃったよ。」
「ふふっ。もうすぐ出来るから、着替えてて。」
「はーい。」
返事をした彼女は、その髪から青いリボンが付いたシュシュを外した。外へ出る時はほとんど毎回付けているから、少し
全く、何年経ってもあのデザインに拘るのだから。近い内に新しいのを作ってあげよう。今度は一緒に、ウサギ柄の生地の物も作ってみようか。動揺する彼女が見られるかもしれない。密かに思い付いた悪戯に、ふっと笑いが漏れる。
さて、料理の続きだ。と言っても、後はペンネを茹でるくらいなのだが。フライパンに入っているイカとナスのトマトソースはもう少し煮詰めれば完成だ。
サラダ代わりのサーモンのマリネを皿に盛り付ける。パプリカを入れたのは正解だった。良い彩りだ。
「わっ、綺麗。いただきます。……うん、すごく美味しいよ!」
「良かった。」
私が高校を卒業して間も無くの頃、同棲を始めると共にパートナーとして登録した。それから数年経ち、法改正により同性同士の婚姻が可能となり、私達が付き合い始めた日に結婚した。
同棲してから、彼女の体重は増えた。私が料理担当になったのが原因でもある。実は彼女、一人暮らしを始めてしばらくは自炊を頑張っていたものの、やがてサラダと缶詰ばかりの食生活になっていたそうだ。とは言え、流石にご飯やパスタの類いは一緒に食べていたみたいだが。
自分一人で美味しい物を食べるのは申し訳無いとか、自分のために遺産を浪費するわけにはいかないとか、そんな事を考えていたらしい。当時の彼女の部屋が殺風景だった理由もこれに因む。だからと言ってもやり過ぎだ。全く、彼女も大概馬鹿である。
体重の増加について本人は当初気にしていたが、それは決して太っていると言うわけではなく。今では健康的で、より女性的なシルエットを描いており、抱き心地も素晴らしい。
「……結華。」
「陽葵。」
食事も終わり、私達の日課の時間がやってくる。夕食後から寝る前までの間に、数分の間だけハグをする。これは結婚する前から決めていたルールだ。
ソファに座る彼女の膝に乗って、そのまま抱き締める。背中に腕を回される感触。少しの圧迫感。暑さなど関係無い、心地好い温もりを感じる。
夏だから、今日も多く汗を掻いたみたいだ。薄れた香水と混じった、重く甘い香り。額の奥が痺れる様な感覚。彼女の匂いを感じる度に、私の恋は結婚してもなお続いているのかもしれないと、そう思う。
スキンシップによってオキシトシンと言うホルモンが脳から分泌されてどうのこうの、とか。そんな理屈っぽい事を考える必要は無い。こうする事が好きであり、明日もしたいと思うなら、きっとそれで良い。
「今日も、お疲れ様。」
「……何だか、この時のために生きてる気がするなぁ。」
「もう。どうしたの、急に。」
「愛してるって事だよ。」
「知ってる。……私も、愛してるよ。」
「えへへっ。知ってる。」
擦り寄せられる彼女の頬をすぐ隣に感じて。躊躇無く、真っ直ぐに愛を伝えられて。この胸に宿る気持ちは、永遠に抱き続けるのかもしれないと思わせる。
『一番になりたい』。
それは幼い頃の夢。冷静に考えれば、それは手段だった。あの頃の私は、手段が目的になっていた。
彼女と出会って、共に過ごしていく内に、私は本当の目的を手に入れた。思い出したのだ。私はただ、特別な存在になりたかったのだと。
気付いた時は我ながら子供染みていたと思うも、少しばかり失笑して終わらせた。実際に当時は子供で、今では夢を叶えたのだから。
そうして余裕が出ると視野が広がり、周りの事も見えてきた。どうやら私を特別に見ている人は、案外多かったみたいだ。この歳になっても未だにライバルだと言い張るアイツなんて、その筆頭だろう。
私は特別になれた。だって私は、彼女の一番なのだから。今までも、きっとこれからも。
「ねえ、陽葵。」
「なあに?」
「今、幸せ?」
変化に乏しい日常。けれど、そこに彼女が居れば幸せな毎日だと感じる。
彼女も同じ様に思ってくれているだろうか。そんな疑問は、浮かんですぐに消える。
抱き締める力を緩めた彼女は、それが当然だと言う様に笑みを浮かべていて。そうして、私が望んだ言葉を紡ぐ。
「最高に幸せだよ!」
<了>
◆以下の文章は次回更新時に削除する予定です。
読了ありがとうございました。これにて本編は完結となります。
が、書き切れなかった部分や季節イベント、後日談など書きたかった部分がありますので、おまけ的な物を執筆しようと思っています。今まで以上に不定期の更新になるかと思いますが、これからもお付き合い頂ければ幸いです。
私の事、あなたの一番にしてくれませんか? 清水悠生 @haruki_s
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