第3話 自分を守る接客術

 女性をテーブル席まで案内してカウンターへと戻った。さすがにこの止まり木が満席になるとバーテンダー一人では対応できない。無理や無茶をして粗悪なカクテルを作るくらいなら、時間が必要ならば時間をかけて、自分が作るカクテルには真摯に向き合わなければならない。

「さて、僕はどこからてをつければいいかな?」

 元々は調理担当として一緒にお店を立ち上げた彼はほっとした表情をみせた。

「汗、かいてる」

 僕が笑いながら言う。

「すみません。バーテンダーが汗をかいたら格好悪いですね」

 彼はそう言うと強く短い息を吐きすっと背筋を伸ばした。

「ジントニック3つ、2番から4番、サザンカンフォートソーダを5番、オレンジブロッサム2つを7番と8番です。お願いします。私はキッチン、入ります」

「了解。ありがとう」

 無駄な動きは一切なく、なめらかな所作でカンコンカンと心地よい硬い音を響かせ氷が放り込まれた10ozタンブラーを一つずつバーマットに音もなく並べていく。ちょうど4つ目が並び終わったときだった。

「すみませーん」

 あの彼女の声が聞こえた。このタイミングなら彼女の要件は単純に注文だけだろうから、わざわざ作業の順番を考えることはなく、まず彼女から処理するべく、僕はカウンターを出た。

「注文、いいかな?」

 この甘えたようなダラッとした口調は、彼女がこれまで付き合った男性諸君からさぞかし丁寧に扱われていた証拠だろう。が、もう癖になっているようだし、このままでもまだ通用すると勘違いされている。

 僕は黙って彼女の次の言葉を待った。

「なにがいいかしら?」

 不覚。

 これはしくじった。グラスの氷が解けてグラスに溜まらないうちにカウンターヘ戻るためには言葉の選び方が重要になる場面だ。お決まりになったらお呼びくださいと言うパターンでは待たされる羽目になるだろうし、一緒にあれこれと考えていては無駄な時間が過ぎていくばかり、ここは僕が彼女をコントロールしなくてはいけない。

 ここでは「YES」か「NO」と答える問いかけをしなければいけない場面。

「まずはジントニックを、是非。飲みながら次のご注文をお考え頂けたらよろしいかと」

 こんなときのために用意しておいた台詞を間髪入れずに投げかけた。

「ジントニックね。 そうするわ」

 彼女の答えは「YES」。もしここで「NO」ならば作りかけのカクテルがカウンターで待っていることを説明して彼女のもとを離れる。

 限られた時間の中で効率的に作業を進めるために、誰もがその優先順位を決める。それがときには外的要因でペースを乱されてしまうと感情も乱れる。だから僕は外的要因が人であれば、その場をコントロールする術を身につけた。

 それは自分が臆病だと認めたから。基本的に人が苦手で怖い。だからいろんな失敗経験から学習して自分を守る接客術を身につけた。

 だから、臆病な人ほど接客業に適している。僕が生み出した接客術とは五感を駆使してあらゆる状況を瞬時に把握して行動すること。常に人の気持ちの先を読み、感情を乱すような無駄な会話や時間を割く。自分の気持ちを大切にする接客は間違いなく素晴らしい接客だと評価される。

 僕はカウンターに戻り 、タンブラーを一つ追加した。


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