終章 新たなる世代

「さて、どうやって地球に帰ろっか。何かいいアイデアある、ノノ?」


 戦闘によってスペースフレーム〝KAGUYA〟は大部分を故障してしまったが、かろうじて探知機能はまだ働いているようだった。そのセンサーが、遥か遠くから数隻の宇宙船が向かってきていることを示唆していた。おそらく〝大星団〟への対処を終えたスペースガールズたちが帰投してきているのだろう。


 彼女たちが偽りの月にたどり着くまでに脱出をしなければならない。


 そんな考えからノノへとアイデアを求めた鈴蘭だったが、彼女の意に反してなぜかノノは純白の羽を大きく広げて、鈴蘭の身体を両腕でつかんだ。その状態のまま羽から発生する推進力を利用して、二人は上空へと急上昇していく。


「任せて。宇宙にきて思い出しタの、泳ぎ方」

「ちょっと待って、もしかしてロケットとか使わずにこのまま地球に行こうとしてる?」

「昔、宇宙を泳いで地球に降り立っタ。大気圏を抜けるとき熱いケド、ノノたちなら耐えられる。大丈夫、信じて」

「信用はしてるけど、それとこれとは話が別っていうか!」


 そんな過程を経て、鈴蘭とノノは宇宙空間を遊泳したのちにノノが自身の羽を繭状に変形させることで大気圏に突入。東南アジアの海洋上に着水し、それから数日後、二人は落下地点から近い位置にあったインドネシアの島嶼に潜伏して、一連の戦いによるダメージからの回復に努めながら自由で安らかな日々を送っていた。


 波の音を安らかに聞きながら、二人は夕暮れに染まる海岸沿いを歩いていく。


「これから、ドウするの?」

「まずはニーナ博士を探そうかなって」


 地球にたどり着いた後、鈴蘭はスペースフレームに搭載された通信装置を使ってUDHとの通話を何度も試みたが、施設が破棄されたのか一度も繋がらなかった。そのためムーンフォール計画の失敗以来、ニーナ博士とは会話すらできていない。


「ニーナ博士は師匠と関係が深かったから、今どうしてるか心配なんだ。師匠を守れなくてごめんなさいって謝らないといけないし、もし今困っているなら助けに行きたい」

「ノノはスズランのやりたいことを応援する」

「ふふ、ありがとう」


 観光客らしい女性が前方から近づいてくるのを見ながら、鈴蘭とノノは特に当てもなく海岸沿いをただ歩き続ける。二人の心の中にあるのは穏やかな幸せだった。


「もう一度、ノノとこんな風に過ごせるなんて思わなかった」

「しあわせ? スズラン?」


 微笑みを浮かべたノノが鈴蘭の顔を覗き込む。

 鈴蘭は少しだけ照れながら、自身の中に浮かぶ温かな気持ちを率直に吐露した。


「うん、幸せ。ノノに出会えて本当に良かった」

「ノノも、幸せ! スズランに会えて良かったっ!」


 そして二人は抱き合いながら、まるでダンスでも踊るかのようにその場でくるくると回転する。たったそれだけのことで二人の心は満たされていく。


 しかし残念ながら世界は、二人をそう簡単には放してくれない。


 前方から歩いてきていた観光客の女性が快活そうに笑った。


「あっはっはっは! 二人は本当に仲が良いんだね。だけど残念ながら、君たちはこのままだと再び不幸を迎える。おっと安心して、私は敵じゃないよ? 私はそんな不幸から君たちを守りにきたんだ」

「……誰、アンタ?」


 鈴蘭とノノはお互いに抱き合ったまま、謎の女性を睨みつけた。


 警戒する二人へと向かって、その女性はサングラスをずらしながら笑顔を向ける。


「私はISA戦略局長。スペースガールズを統括する最高責任者さ。おっと安心して、君たちを捕まえに来たわけじゃないんだ。ただ、協力してほしくて」

「……協力? あたしたちが?」

「うん、そうだとも。ノノちゃんの存在について報告を受けたとき、私は一つの可能性に思い至ったんだ。もしも我々の目を逃れてレベルⅢまで進化した個体が他にもいるとしたら? そしてそいつが人間に擬態して社会の奥深くに潜んでいるとしたら?」


 戦略局長を名乗った女は、仰々しく両手を広げながら二人へと笑顔を向ける。


「君たちが偽りの月で戦っている間、私は秘密裏に捜査をしていた。そして炙り出した。協力してほしいんだ、鈴蘭ちゃんとノノちゃん。――人類の本当の敵を倒すために」


 ***


 同時刻、地球。


 鐘が鳴り響いて、その場に集った者たちは厳かな表情で瞼を閉じた。

 そして祈りを捧げる。


 人類の為に戦いつづけた彼女にせめて安らかな眠りが訪れますように、と。


(アッカーソンさん、本当に、今までありがとうございました。アッカーソンさんは今も昔もわたしの憧れです。わたしもアッカーソンさんみたいにきっと強くなってみせます。だからどうかこっちのことは心配せずに、安らかに眠ってください)


 祈りを捧げたのちに小羽根は顔を上げた。

 彼女の前には数えきれないほどの参列者がいて、その向こうには壇上があり、そこにアッカーソンの写真が飾られていた。


 黙祷が終わり、続いて代表者たちによるスピーチが始まる。


 取材陣のカメラが無数の音を奏でた。国連事務総長、世界各国の大統領、首相、ISA総括局長と様々な人物がアレクシス・アッカーソンの功績を讃えて感謝を述べていく。


「アッカーソン先輩、やっぱり偉大な人だったわね」

「うん、そうだね。凄く、カッコいい人だった」


 隣の席に座るシャネルへと小羽根は相槌を返す。

 よく見ればシャネルの奥に並んでいるアヌシュカ・ミルザとマリア・ハーパコスキも感慨深そうな瞳で壇上を見つめていた。


 アッカーソンの式典には現役のスペースガールズのほぼ全員が参加していた。彼女たちは壇上を見上げながら涙を流したり、奥歯を噛みしめたり、現実を受け止めきれないのかぼーっと遠くを見つめたり等、様々な姿を見せていた。


 ISA総括局長によるスピーチが終わり、「続きまして、スペースガールズ代表――」と次の演説者の紹介アナウンスが流れる。


 その声を聞いて、シャネルは小羽根の背中を小さく叩いた。


「頼むわよ、小羽根。アタシたちの声を届けてきて」

「うんっ!」


 そして小羽根は立ち上がり、壇上へと登った。


 その場に集った多くの政府関係者、ISA職員、そしてスペースガールズの仲間たちの顔を見渡したのちに、彼女は息を大きく吸い込んでマイクへと語り掛ける。


「わたしの名前は朝日小羽根といいます。一〇年前の月の悲劇のとき、アッカーソンさんに命を救われて、彼女に憧れて、スペースガールズになりました」


 小羽根は空を見上げて、今は亡き偉大なる先輩へと想いを馳せる。


「アレクシス・アッカーソン先輩は太陽のような人でした。一〇年以上前から最前線で戦い続けて、BIOSによって暗く閉ざされた未来を照らしてくれました。わたしたちスペースガールズにとっても、彼女は辛く苦しい戦いにおいて逆境を覆し希望を示す、太陽のような存在でした」


 ほんの少しだけ涙が出そうになった。けれど懸命に堪える。

 きっと今、彼女が見たがっているのは頼もしい後輩の姿だろうから。


 小羽根はしっかりと正面を見据えて声を張った。


「アッカーソン先輩は亡くなりました。でも、太陽はなくなりません。彼女は死の間際、わたしたちへとこう告げました。『私が死んでも太陽は消えない。太陽は全員の心に引き継がれる。誰かが前を向いて歩きつづける限り、受け継がれた炎は消えない』。――彼女が灯してくれた炎は、わたしたちスペースガールズ全員のなかで燃え続けています」


 成長への道を歩みはじめた一人のスペースガールズは、はっきりと宣言する。


「わたしたちはこれからも前を向いて歩きつづけます。――太陽の意思を継いで」

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SpaceGirls! 酒呑ひる猫 @sadahito_fuwa

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