045 ◉動き出す、鬼神《オニ》。〜理不尽の権化〜

『では、また』

「ええ、また」


 行きましたね...。


 楽しい時間が過ぎるのは早く感じる、なんて久々な感覚を、総司君と再会してから思い出しました。

 真也と裕子さんと過ごした時間もそうだったように。


ーーーカチッ、カチッ、ボッ...ジジジッ...


 点けた煙草を吸って、紫煙を吐き出しながら思う。


『アンタこそ侮る嘗めるなよ、俺の覚悟を』


 心地良い真っ直ぐな眼差しを受けた時に私は、心が躍った。

 守るべき対象の雛鳥が手元から飛び立とうとしている驚きと、寂しさと、

 それらを上回るほどの喜びに。




 彼がまだ赤子だった頃、裕子さんに押し付けられるように抱っこした時に、

 真っ直ぐ私を見つめる純真無垢な瞳に、照れ臭さと同時に、荒くれ者の汚れた自分が穢してはいけないと思い、裕子さんへ渡そうとした。


『あらあら。総司は時雨おじさんが気に入ったのね』


 抱き抱えた腕の中できゃっきゃと笑い、私の傷だらけの右手の小指の先を、しっかりと握り締めるその存在に、

 それまで壊す事しか知らずに生きてきた私は、守る事の意味を教えてもらいました。




 真也と裕子さんを守れなかった私は、総司君だけは何としてでも守らなくては、と動き出した時には、既に遅く。

 親縁に預けられたという情報を聞いた時に、身を引きました。今思えば、その時にもう一歩踏み出していれば、彼は養護施設に入る事も無かったと後悔しました。

 総司君は養護施設で新たな家族と幸せに過ごしていたようなので、少しだけ。



 私は、荒れました。

 自分で言うのもなんですが、かなり苛々していましたので。

 親友達も、その忘れ形見も、どちらか1つでさえも守る事が出来なかった、自分自身の不甲斐無さに、情けなさに。


 1番近くにあったA級ダンジョンにその感情を撒き散らしてさせた後に、探索者証を返し、私は、抜け殻となりました。


 総司君と再会し、私は今度こそ守る、と決めました。

 危ない事はして欲しく無かった。

 辛い事も沢山あった彼には、幸せに生きて欲しかった。

 その為には、親友達よりも総司君を1番に考える、と心の中で2人に謝罪しながら。



『大切なものを、大切だって思う事に躊躇わないで下さい』


『時雨さんの大切なものは、時雨さんがちゃんと大切にして下さい』


『それは、他の誰でも無い、時雨さんにしか出来ない事なんですから』



 赤子あの頃と全く変わらない眼差しで、相変わらずに、私に守る事の意味を教えてくれる。


 悔しい、と思いました。

 腑抜けた自分自身に。


 渇望しました。

 彼を含めた全ての〈大切なもの〉を、もう一度守りたいと。


 握り締めた彼の手は、随分と大きくなっていて、相変わらずあったかかった。


「私は、」


 いつの間にか消えていた煙草の吸い殻を灰皿に落とす。

 静まり返る店内には、紫煙の僅かな残り香が漂っている。


「私は、もう躊躇わない」


 ここ最近現れ始めた小蠅共が、今日も今日とてブンブンと五月蝿く羽音を立てている。


 さぁ、準備を始めましょう。

 総司君達と約束した、再会のその時の為に。


 さぁ、用事を済ませましょう。

 総司君がダンジョンに集中できるように。


「私は、大切なものを守る為に、もう躊躇わないと決めた」


 ゆっくりと跫音あしおとを鳴らしながら、入口へと向かう。


「起きろ、八咫烏ヤタ


 現れた真っ黒なソレを左手で取る。


「邪魔するモノ全てを斬り刻む、理不尽に。

 それが私にか出来ない事だと言うのであれば、私は、

 一切の慈悲を捨てて、鬼神オニとなろう」


ーーーカラン♫...コロン♪...





「素直に出てくるもよし。

 逃げ出すもよし。

 襲ってくるもよし。


 どの道を選べども、貴様らに訪れる明日など無いのだからな」

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