043 〈最強〉の男が、強くなれ、と言う。であるならば、強くなる、と俺は誓う。

《しぐれ〜ごめんな〜》


ーーーポヨン、ポヨン。


《つきのこーげきいたかったよな〜》


ーーーコロコロコロ、ポヨン。


《おはなしもきかずにごめんな〜》


ーーープルプル、プルン。


 優しい月は、俺の両手の中から飛び出して、カウンターの上から時雨さんに話し掛ける。

 ごめんなさい、か。

 そうだよな。

 時雨さんは、俺の事を考えての行動だったんだ。心配してくれたんだよな。


「時雨さん...偉そうな事を言ってすいませんでした。時雨さんが俺達の事を本当に心配してくれてるのは、ちゃんと伝わりました。

 だから、ありがとうございます」


[ピコン。時雨様。総司の為に、私の大切な家族の為に。

 本当に、ありがとうございます]


 頭をしっかりと下げて、感謝の意を込めて。


「...総司君。愛菜さんも、月君も。

 私の方こそ、本当にありがとうございます。


 私も覚悟が決まりました。


 私、御堂院 時雨は、東條 真也、裕子の2人を、私の大切な親友達を必ず、


 救う。


 大切なものの為、再び刀を取ります」


 顔を上げ、そう宣言した時雨さんは。

 とても衰えているようには見えないくらいに精悍で、力強く。

 それでいて穏やかで、優しげで。

 これまでに数多の探索者達の憧れをその身に背負い走り続けてきたであろう、紛う事なき、


 本物の〈最強時雨さん〉だった。


「お恥ずかしい姿を、また見せてしまいましたね」


 照れ臭そうに浮かべた笑顔が、妙に格好良くて、男らしい。


「俺、さっき土下座しましたけど?」

《そーじのどげざはげーじゅつてきにかっこわりーからなー》


[ピコン。確かに、格好つけて土下座するって恥ずかし過ぎるわよね。お姉ちゃん心配だよ]


 え!?そうなの?

 月、ヒドくない?芸術的に格好悪いって、時雨さんにした体当たりより、確実にダメージ大きいよ、俺への口撃。


「あははは!!総司君達は仲良しですね。

 確かに、自信満々の土下座はちょっと」

「時雨さん!?」

《そーじがどれだけださくても、つきはともだちだからな〜》

「ダサい!?スライムの感性でもダサいの俺!?」

《なんくるないさ〜》

「心配しか無いですけど!ていうか、南国の方言なんていつの間に!?」


[ピコン。総司、昼間に通った商店街で沖縄フェアをやってて、スピーカーから民謡が流れてたよ]


「寝てたでしょ、月?」


[ピコン。睡眠学習かしら?]


「やけに高性能だな、スライム...」

《すげーだろー》


 ふと、時雨さんを見ると優しく微笑んでいた。

 なんか、スンマセン。シリアスキラーなんですよ、月...と、俺。


「ふふふ。良い関係ですね。

 君のお父さん...真也も場を和ませるのが得意で、良く冗談を言っては裕子さん、お母さんに怒られてましたよ。

 彼らの周りには、常に笑顔が溢れていました。

 私を含めた皆が、そんな彼らを慕っていました」

「そっかぁ。そうなんですね...まぁ、やっぱりですし」

「ええ。間違い無く、真也と裕子さんの息子ですよ、総司君は」


[ピコン。...良かったね、総司...]


「愛菜姉ちゃん...」

「そうだ、愛菜さん」


[ピコン!は、はい、時雨様]


 時雨さんは、さらりと爆弾発言をした。


「探索者のjobが遺伝する割合が高い、というデータがある事を知っていますか?」


[ピコン!?え...いや、知りません...え?]


 遺伝、というと、愛菜姉ちゃんの本当の両親のどちらかが〈陰陽師〉のjobを持った探索者?


「私がまだ現役の頃、京都のA級ダンジョンで合同探索依頼がありました。

 少し厄介な魔物がダンジョンボスだったのですが、そのボスの動きを封じる担当をしていた探索者の男性が、陰陽術のskillを使っていたのを覚えています。

 後にも先にも、私が陰陽師のjob持ちに出会ったのは、その時だけです。

 陰陽師は、特殊ユニークjobですから」


 ...愛菜姉ちゃんの父親、か。


[ピコン。...時雨様、教えて頂きありがとうございます。

 でも私は既に]


「結論を出すのは、まだ早いでしょう?

 貴女の弟は、記憶にすら残っていない両親を、我々が死んだと勝手に決めつけていた2人を助け出すと言ってるんです。

 総司君の言葉を借りるなら、『ダンジョンは不思議がいっぱい』ですよ。

 貴女がこうやって総司君の側に居る事も、その不思議の1つでしょう?

 ならば、


 佐倉 愛菜という人間を事だって、出来るかもしれない。

 魂は、総司君の中此処にあるのですから。


 ほら。貴女の弟君は、既に決意したみたいですよ?」


 当たり前だ。

 可能性が0.0001%少しでもあるのなら、

 0ゼロじゃないなら、俺は諦めない。


「絶対に愛菜姉ちゃんを生き返らせる。

 俺は、絶対に諦めないと、約束する」


[ピコン。総司...そゔじぃ...ありがどゔ]


《つきもやくそくするー》


[ピコン。月ちゃんも...うぅ...]


 そんな俺達を見守る時雨さんは、優しい口調でこれからの行動指針を告げた。


「総司君達の探している魔物、カードですが、それに近しい特性を持つ魔物に心当たりが有ります。

 先ずは、近場のダンジョンで結構なので、F級ダンジョンを3つ、踏破するのです。

 それをクリアすれば、総司君はDrankに昇格出来るでしょう。

 その後、奈良県にある〈第138D〉ダンジョン、通称〈惑わしの森ダンジョン〉に行けば、探している特性の魔物が出現します。

 名前を〈ガメオレン〉といい、〈擬態〉して不意打ちバックアタックを得意とする魔物です」


 ガメオレン...カメレオンみたいな魔物か?

 惑わしの森か。それらしい名前だな。


「私は以前申し上げた通り、ではダンジョンに入れないのです。

 その事も含めての用事を済ませてから私は、


 京都の御堂院本家実家に行って、少し鍛え直してきますので。


 総司君があの大災害を起こした〈第000S〉ダンジョン、通称〈並行世界パラレルワールド〉に潜るその時までには、必ず戻ります。

 総司君と肩を並べて歩める事を楽しみにしていますよ」


 並行世界パラレルワールド...嫌な名前だ。

 時雨さんは言外に『強くなれ』と言う。

 大切なものの為に、手を伸ばした先にあるものを掴む為に、強く。


 電話はいつでも繋がるようにしておきますのでいつでも連絡して下さい、と時雨さんは言うと、珈琲のお代わりを用意し始めた。


 その姿を見ながら俺は、


 この人と並んで立つ機会を掴む為に。

 愛菜姉ちゃんを生き返らせる方法を見つけ出す為に。

 両親を閉じ込めている〈並行世界クソったれ〉を踏破する為に。


 強くなってやる、


 そう決めたんだ。



 

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