042 大切なものを大切だと思う気持ち。

[ピコン!総司!?時雨様!?]


 愛菜姉ちゃんが、慌てて念話で叫ぶ。

 俺は、時雨さんから目を逸らさない。


 ぶっちゃけ、滅茶苦茶、怖い。

 視線だけで人を殺せる、なんて比喩を描いた漫画は所詮は漫画で、実際に受けるをのせた威圧は、そんな笑いごとではないくらいに、俺を殺しにくる。


 反則だろ、元S級探索者の二つ名持ち化け物の中の化け物なんて。

 数日前までサラリーマンだった俺にはとてもじゃないが、しんどいって。


 それは30秒か、30分か。

 そんな事すら分からなくなるほどに果てしなく感じたソレは、突然に終わりを告げた。


《そーじをいじめるなーーーーーーーっ!!》


 月が、その小さな身体をふるふると振るわせながら、時雨さんに体当たりを始めた。


《このやろーー!》


ーーーポヨンッ!...ポテン、コロコロコロ。


《つきがゆるさないぞー!》


ーーーポヨンッ!...ポテン、コロコロコロ。


「月...月、俺の為に...ありがと」


 コロコロ転がってきた月を両手で包み込んで、抱き寄せた。

 ああ、温かい。

 この温もりを守る為ならば、俺は。


「.....ふぅ。私の負け、ですね」

「え!?」


 解かれた威圧に驚く俺を他所に、時雨さんは話を続ける。


「総司君、威圧してすいませんでした。

 私には私なりの、いや、言い訳ですね。


 私は、君に危険な目に遭って欲しくない。

 そう考えての行動威圧だったのですが、そもそもそれが、間違っていた。


 私は、現役を退いていつの間にか、随分と衰えていたようです」


 そう言う時雨さんの顔は、少し寂しそうだった。

 俺には、とても衰えているようには感じ無かったけど。


「月君...バドスライム幼な子に思い出させてもらいましたよ。

 

 敵わないと分かりながらも、立ち向かう気概。

 私だって、そうやって駆け上がってきたはずなのに。


大災害あの時〉だって。


 S級だなんだと、【隻影二つ名】で呼ばれる事に、無意識のうちに胡座をかいていた。

 なんとも、情けない。

 私は、勇なき者になってしまっていた。

 そんな事では、東條夫妻彼らに笑われてしまう。


 総司君が見せた覚悟は、本物でした。

 それでも、危ういものは危ういのです。

 月君が見せた勇気も、好ましくて。

 そんな君たちを導く事を、

 私が手を貸す事を、

 どうか、許してはもらえないでしょうか?


 私に、親友達を助け出すチャンスを、もらえないでしょうか?


 もう二度と、後悔で刀を置かない為に、

 もう一度だけ、立ち向かう為に刀を手に取りたい」



 この人は、この人なりに悩み続けていて。

 父ちゃんや母ちゃんとの別れを、未だに引きずっている。

 この間俺が、助け出すと言った事に。

 時雨さんは、時雨さんだって、助け出したいと思うのは当たり前だ。


 それをグッと呑み込んだ気持ちは、俺には計り知れないけれども。

 今、家族の為に時雨さんに啖呵を切った俺と似たような気持ちならば、



 それは、なんて辛い事だろう。

 苦しいなんてモンじゃないはず。



 それなら俺が言える事なんて限りなく少なくて、気の利いた台詞を吐けない、自分の語彙力の無さが際立つが、伝えなきゃいけない。


「家族や親友。大切な何かを守るのに、許可なんて要らないでしょ。

 自分の手が届かないならば、その事を嘆いている間に、俺は少しでも近寄りたい。

 一度失敗したと言うならば、二度と失敗するもんかって、次は必ず成功させてやるって。

 どれだけ笑われようが、無様だろうが、這いつくばってでも、俺は、諦めない。


 だから、だから。


 大切なものを、大切だって思う事に躊躇わないで下さい。


 時雨さんの大切なものは、時雨さんがちゃんと大切にして下さい。


 それは、他の誰でも無い、時雨さんにしか出来ない事なんですから。


 俺の知ってる御堂院 時雨は、

 元S級探索者でも、

 〈隻影〉なんて二つ名でも無くて、

 お洒落な喫茶店のマスターで、

 美味しい珈琲を淹れてくれて、

 優しくて格好良い人で、

 俺の大好きな友人なんです。


 それに、


 凄く頼りになる、みたいな存在なんです。


 俺にとっては、家族も同然なんですよ、時雨さんも」


 そう俺が言い切ると、時雨さんは目を丸くして驚いた後に、両手で顔を覆った。


 俺も愛菜姉ちゃんも月も。


 誰も何も発しない店内に、世界で5本の指に入るといわれる伝説の元S級探索者の、ただの1人の男の嗚咽が静かに響く。


 顔を覆うその両手には、数えきれないほどの歴戦の痕が刻まれていて、カウンターに溢れ落ちた泪は、俺のそれと何ら変わらなかった。

 

 

 

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