041 ◉私は、悪役令嬢に成り下がる。

 私は、自分の持つモノに自信がわ。


 街を歩けば、何度もナンパされるほどの見た目。モデルに誘われた事だって数えきれないほどあった。

 親はKUJYOUホールディングスという大企業の常務取締役で、所謂お嬢様。

 母も良家の箱入り娘だったので私は、蝶よ花よと育てられた。

 不自由する事の無い人生に刺激スパイスを求めるのは必然よ、必然。



 私には、何不自由無い生活を享受した対価を支払う必要があったの。

 親が決めた相手との結婚。

 政略結婚ってヤツ。

 名門お嬢様学校の同級生達も、親に決められた婚約者がいるって聞いていた。

 当時の私には居なかったけど、大学卒業後、親のコネで入社したアパレルブランドの会社で、それなりの、自分だけのチカラでは決して成れない地位に就いた頃に、その話を父から聞かされた。


『九条会長がお前に見合いを考えているらしい。相手はウチの重要取引先の社長令息だ。

 お前もそろそろ良い歳だろう。

 俺は前向きに考えて欲しいと思っている。

 そういった相手など、居ないだろう?』


 ーーーヤバい。


 先ず思った事は、その一言に尽きた。

 お見合いなんかしたくないし、父の会社の道具にされるなんて、真平御免まっぴらごめんだわ。


 私は、自由で在りたい。

 結婚相手くらい自分で決めたい。


 何不自由無いからといって、自由だとは限らない。

 その事実を改めて実感したの。




 途方に暮れかけた時、私の前に蜘蛛の糸が垂らされた。



『柊木 沙織さん、お久しぶりです』


 その男は、父の勤める会社で働く男で、名前は蛭間と名乗ってきた。

 以前、KUJYOUホールディングスの懇親会のパーティー会場で挨拶を交わした記憶が、朧気ながら蘇る。

 決して大成しそうには見えない小悪党のようなその男は、私が政略結婚の話を拒みたい気持ちを知った上で、ある計画を持ち掛けてきた。


『偽装結婚してみては如何でしょうか?』


 何を馬鹿な、と顔を顰めた私に蛭間は続けた。


『相手の男はこちらで用意します。大して仕事も出来ない男ですが、ウチの会社に勤務して居ますので、柊木常務にも話を通しやすいですし、九条会長に話をさせるのも容易かと。

 政略結婚の御破算の責は、その男に被らせれば良いのです』


 ...正直なところ、心が揺れたわ。

 私の〈責任〉を転嫁し、私の〈自由〉を手に入れる為の、生贄。

 一年ほどは結婚生活をしないと怪しまれる可能性があると言われたものの、その男は蛭間の部下でほぼ毎日残業をさせられているみたい。

 帰って来ないなら、私は〈自由〉に出来る。



 私は、蛭間の提案を受けた。


 それからの展開は早く、折谷 総司という冴えない万年平社員のその男に、アプローチした。

 私くらいの女と一時ひとときの夢を見れるのだから感謝しなさいよ、なんて考えながら。

 父に紹介した。父は気不味い顔をしたが、最終的には納得して、結婚を認めてくれた。

 九条のおじ様に話をしに行った時には、怒り狂ったその矛先は全て、その男に向けられた。

 おそらく、この男は二度と出世なんか出来ないんだろうな、なんて、叱責を受ける男の横で私は心の中で嗤ったわ。



 それから親類のみのささやかな結婚式を行う。

 男には家族が居ない、養護施設出身だった為、柊木家が気を利かせたていだったが、私としては有り難かった。

 友達や知人に、偽装とはいえ結婚相手がこんな男だなんて、知られたく無かったから。


 結婚式も滞りなく済み、初夜を含めた閨事はベッドを別にする事で最小限に、そもそも残業で帰りの遅い奴を起きて待つほど、私は男に愛情など持っていなかったし。


 そんな新婚と呼べるのか分からない生活に、私の求める刺激スパイスが現れた。

 蛭間の紹介で知り合った、蛭間の甥で、若くて将来有望な探索者。顔も良く、私と初めて会った時から私を口説いてくるほど情熱的な男。


 それから私は、隆也と逢瀬を繰り返した。

 情熱的で、運命的な、恋だと。

 囚われのを助けに来た、王子隆也。私は、物語のヒロインとなった。



 時期的には早まってしまったが、私が妊娠した事で離婚を急いだ。

 あの男は、泣き崩れていたが、父と隆也の御両親の協力により、離婚が成立した。



 晴れて私は隆也の妻になる、そんな時に父から私は、呼び出された。


『さぁな。私の知った事では無い。お前は晴れて〈犯罪者の恋人〉...いや、〈犯罪者同士の恋人〉だな。私達も...クソっ!』


 犯...罪...し...ゃ?


『言い過ぎだと?一から説明してやろうか?私とお前の、愚かな娘が馬鹿者共と結託して起こした、何の罪も無い人間を巻き込んだ!鬼畜の所業をっ!!!』


 だってそれは、蛭間アイツが!!


『あぁ、知らないだろうから教えておくが、その蛭間含めたダンジョンエネルギー開発部の連中は逃げ出さないように監禁している。

 お前がパッとしないと言った総司君は、実は会社の未来を左右する程の人材だった。それを部署全体で不正に隠蔽した上で報酬を奪っていた事が発覚してな。

 その中の一つの技術開発が総司君抜きではどうしようもなくてなぁ。世界規模でクレームが起き始めたよ、既に。

 だから、その部署の奴等には責任を取ってもらわなきゃならんから逃げ無いようにしろと、会長からの御命令だ。それに私も来週始めの役員会で責任を問われるだろう。お前達も覚悟くらいはしておいてくれ』


 え......?だってあの男は仕事の出来ない無能で!...あ...れ?


 そういえば、あの男...KUJYOUホールディングスみたいな大企業の、況してや〈ダンジョンエネルギー開発部エリート部署〉に、私みたいにコネも無いのに、新卒で配属されて...?


 業績を、奪う...?部署全体で1人の社員の業績を?

 世界屈指の大企業の、未来を担う業績を奪って隠蔽?...その業績を...1人で?


 家では一切仕事の話はしなかったし...仕事を持ち帰るなんて事も無かった...。

 休日には料理を作ってくれたり、家事は率先してやっていた...。

 その全てをうざったく遇らっていた私が居て...。


 気まぐれに作った私の手料理を、涙目で食べるあの男が、

 一月に一回くらいしか無かった買い物をデートだと喜んでニコニコしていたあの男が、

 誕生日に、私が欲しがった驚くほど高価な服を内緒でプレゼントしてきたあの男が、

 離婚を告げた時、泣き崩れながらも私の身体を案じて、タクシーを呼びつけて実家まで帰らせた、その後の話し合いも母子に負担の無いよう父達と話すと連絡してきた、あの男が、


『...間違えたのね、私達は』

『...あぁ、大間違いだよ』


 間違えてなんか、いない。

 私は、

 私達は、


 罪も無い人間から、奪ったんだ。


 私利私欲に溺れた私は、


ーーーピコン!


 スマホに、友人グループチャットの通知が届いた。

 幅広い交友関係のある私のそのグループに、突然届いたそのメッセージは、積み重なる。


[沙織、最低。2度と話し掛けて来ないで]


ーーー@Mikiがグループを退会しました。


[ありえない。クズ]


ーーー@HARUがグループを退会しました。


[連絡先消すから。街で会っても他人だから。

 アンタ、最低だよ?]


ーーー@Ryokoがグループを退会しました。


[見損なった。顔も見たくない。クソ女]


ーーー@J.E.がグループを退会しました。

ーーー@1254 がグループを退会しました。

ーーー@あい♡ がグループを退会しました。

ーーー@リョータがグループを退会しました。

ーーー@Sou がグループを退会しました。

ーーー

ーーー

ーーー

ーー


ーーーピコン!


[阿婆擦れめ]



 

 私は、断罪を待つだけの、悪役令嬢ワルモノに成り下がった。

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