037 スライムと〈ダンジョンの意志〉。❷

 頭の中を少し整理できた。

 スライムが〈ダンジョンの意志〉の影響を受けていない可能性があるという事。

 ダンジョンは、自らを維持管理する能力を有しており、探索者を呼び込むという一つの目的意識を明確に持ち合わせているという事。


 これらは、探索者の資格取得時の研修では習わない事実だった。

 現に、そんな話は噂でも聞いた事が無いし、時雨さんのような元凄腕探索者からも、そんな言葉は出なかった。時雨さんがそんな重要そうな件を黙っているとは思えない。

 ならば、この論文の内容が世間に浸透しなかった、もしくは、規制がかかったか。

 発表の日付は俺が生まれる2年前、32年も経っている。その長い年月の間、誰もこの件に関して行動を取らないなんて事が、果たしてあるのだろうか...やはり、何らかの圧力がかかり、規制された、という方がしっくりくる。

 そうなると、何故この論文がネット検索で拾えたのか、という疑問が残るのだが。


 “スライムの生態系について、興味深い事が判明した。

 スライムは通常個体、種族名〈スライム〉を基本とし、各種属性に突出した〈属性スライム〉が進化種として知られている。

 例えば、火属性ならば〈レッドスライム〉といったように属性が体表に色彩として表れ、その名の由来となる。

 更に進化して、上位個体である〈ビッグスライム〉や〈キングスライム〉といったものが挙げられる。

 スライムの種類は確認されているものでも数多い。環境適応能力の高さが、生存本能の赴くままにその生態を変化させた結果と言える”


「思ったよりも種類が多いんだな、スライムって...」


 “そして、その数多あまたの進化先があるスライム達は、その選択肢の中からどの進化先を選択したとしても、通常個体からした瞬間に〈ダンジョンの意志〉の影響下に入るようなのだ。

 おそらく、〈ダンジョンの意志〉によるエネルギーの再利用リユース。正しく、利用しやすいカタチに作り変えられる、という事だろう。果たしてそれを、進化と呼べるのかは私には疑問ではあるが”


 つまり、ただのスライムだけが〈ダンジョンの意志〉外だという事か?進化と再利用って。


「じゃあ、月は...」


 “そして、スライムの特徴としてもう一つ。

 あまり知られてはいないが、退化、というモノがあるといわれている。

 私も退化種と出会った事は無いが、数年前に京都府のダンジョン内でその存在が発見されたという報告書を見た事がある。

 限りなく数は少ないが、確実に存在する希少種レアといえる。

 あと、同じ希少種といえば、存在すらも未確認でありながらその痕跡が古い文献から出てきたという、〈オリジン原初スライム〉だろう”


オリジン原初...始まりのスライム、か」


 “この文章は削除されました”


「えっ!?...削除?消した...消された?誰に?」


 そこから先は削除されており、一切閲覧する事が出来なくなっていた。

 明らかに何者かが意図的に行っていると思うのだが、それ以上俺に出来る事は無い。

 何だかスッキリしない気持ちと、結局、月の事に繋がる手掛かりが掴めな、


[ピコン!総司!月ちゃんが!]


「!!月ッ!?」


 急に震え出した月に反応したアナ姉。

 側に近寄り震える月を両手で包み込んで持ち上げる。


 やがてその動きがゆっくりと、まるで呼吸を、寝息を立てる赤子の姿のように穏やかなものへと変わっていくと、


《...zzZzz》

「月?...」


[ピコン。あ!チャンネルが繋がったわ!月ちゃん、寝てる!総司!月ちゃんは大丈夫よ、穏やかに眠ってるだけだよ!]


「やっぱり!?良かった〜、本当に良かった」

《zzZ...ん〜、ん。ん?》

「月!?月、月、あぁ良かった!心配したよ、月〜」

《ん?つきねてた?おはよーそーじ!》

「おはよう、月。寝坊助さんだよ、全く」


[ピコン!月ちゃん、おはよう。良い夢が見れたのかな?]


《おー!みたみた。つきはつきなり、すらいむなり〜だった!》


 良かった...いつもの月だ。


 結局、原因は分からなかったけれど。

 月が無事に戻って来てくれた。

 その事実だけで、幸せだよ。


「何の夢だよそれ〜。でも、楽しそうな夢だったんだな、月」




《まーなー。なかなかたのしーゆめだったぜー!

 つきがぴんくのつじにへーんしん!》



 やだ何それ。ピンクの執事って怖ッ!?

 ホラーじゃん。

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