035 ◉横行闊歩す鬼面嚇人。〜愚っ者愚者なその面《ツラ》の価値など〜
ヘローワーク第5支部に黒のリムジンが連なって停車すると、中から立派なスーツに身を包んだ幾人かの男達と1人の女性が降りてくる。
「征くぞ」
「「「「ハッ!」」」」
1人の壮年の男性がそう言えば、周りの者達が追随し支部の中へと歩いて行く。
その日、ヘローワーク第5支部の斉藤 雫は、昼前に自身が取り継ぐ事が出来なかった一本の電話の事を忘れる事が出来無かった。
その所為で業務に殆ど身が入らず、心ここに在らずといった状態だった。
悩みに悩んだ末に、雫は電話を掛けてきた相手、鳳の助言に心が傾き、思い立ったその勢いで直属の上席に退職の意向を伝え、早退届を提出した。
着替え終わり、仕事場から帰ろうと廊下を歩いていると前方から何処かで見た事のあるような集団とすれ違う。
私服だった為か声を掛けられる事も、呼び止められる事も無く互いにそのまま歩いていった。
角を曲がり、見えない位置に来ると雫は立ち止まって、呟く。
「あれは本部の嶋田代表と幹部連中じゃない...やっぱり鳳様の助言に従って正解だった...
実際のところ、雫は間一髪だった。この後の惨劇に関わらずに済んだのだから。
ーーーバタンッ!!
突然力強く開け放たれたドアの音に、その場で働く職員達は一斉に事務所入口に顔を向ける。
「全員職務を止めて起立!!窓際に並べ!」
怒鳴り声を聞いた職員が驚く中、男は続けた。
「何をしている!さっさと移動しなさい!」
「あ、貴方は誰ですか?何の理由で..『五月蝿い!』...ッ!?」
「私はヘローワーク本部の片桐だ。この第5支部には収賄と不正行為、業務上横領などの疑いがあるとの告発を受け、これより監査を行う。
職員はPC、スマートフォン、タブレット等を机の上に置き速やかに窓際に移動しなさい。尚、怪しい行動を取った者は拘束する」
怒鳴り声を上げた男の後ろから現れた、片桐と名乗る女性がそう言うと、事態を認識し始めた職員達が慌てて窓際に移動していく。
全ての職員が移動した事を確認した片桐が近くに居た男性職員に命令する。
「貴方は支部長の九条を此処に連れて来なさい。〈嶋田代表が喚んでいる〉、と伝える事を忘れないように」
「代表!?は、はい、只今!」
片桐にそう言われた男性職員が奥の扉へと向かった後に、入口からぞろぞろと複数の本部の幹部達と、代表の嶋田が事務所に足を踏み入れた。
「片桐、九条は何処だ」
「今、人を向かわせました。間も無く姿を見せるかと」
「佐藤、本部の監査部を呼んであるよな?いつ頃到着するんだ?」
「はい、あと5分程で着く予定です」
「新田、大城は表の一般人を誘導し始めろ。完了したら閉館させる。段取りしておけ」
「「はい」」
嶋田が各幹部に指示を出し終えて直ぐ、奥の扉から先程の職員と1人の小太りな中年男性が出てきた。
「これはこれは、嶋田代表。第5支部へ足を運んで頂きありがとうございます。本日はどう言った御用件でしたでしょうか?」
「....九条とかいったな、貴様」
「はい。支部長の九条でございます」
「そうか、貴様が探索者協会の鳳代表理事に向かって『探索者協会が何を偉そうに、後で掛け直してこい』と吐かしおった大馬鹿者の九条だな?」
「は?え、鳳...?た、確かにそんな名前の人物から外線がありましたが...そ、それが何か?」
「この大馬鹿者が!!!」
ーーービクッ!!?
さっきの大城と呼ばれた男よりも大きな罵声が事務所内に響き渡り、九条を含めた職員一同の身体が硬直する。
「鳳様は探索者協会を束ねる代表理事で、この日本の協会ではトップ3に入る最重要人物の御一人だ!貴様如きが呼び捨てにして良い御方では無いわ、戯けが!!
それに加えて〈探索者協会が偉そうに〉だと?貴様はこの国で探索者協会がどのくらいの権力と実力を持っておるのかも把握しておらんのか!!
ダンジョンから取れる資源を一手に担い利権を有している財力、探索者として活躍する者達の人並み離れた戦闘力、その2つを持ち、国家運営にも深く関わる探索者協会は偉いに決まっているだろうが。
鳳様は貴様に連絡した後、私に連絡して頂いたんだよ。〈ヘローワークを探索者協会は【敵】と認定した〉とな。その足りない頭で分かるか?貴様はな、
国家戦力に匹敵する集団に面と向かって唾を吐いたんだよ。
警察、自衛隊、機動隊、どんなに束になっても敵わないような人間が探索者という者達の中には居るんだよ。1人でそれら全てを殲滅する事が可能な理不尽を人のカタチにしたような者がな」
「い、いや、私はそ、そんなつもりでは...」
「そもそも鳳様の電話の内容はな、〈最近、新人を餌にしていた探索者が自首して来たのだが、どうもヘローワークから斡旋、仲介された痕跡があった。調べた結果、全て第5支部のヘローワークが関わっていると断定した。事情を聞きたい〉との事だった。
勿論詳しく聞かせてくれるんだよな、九条?」
「あ、あ....それは...!それは私の親せ『九条会長。元探索者。助けて貰おう』...?」
「片桐」
「はい。先程、【KUJYOUホールディングス】九条会長に事実確認したところ、〈そんな事知らん、そもそも元探索者の私が許す訳なかろう、そんな愚行〉との事でした。ただ...」
「ん?ただ何だ?」
「ただ、この件が第5支部の不正だとお伝えした際に大層御怒りになられまして。
何でも〈ウチの会社の馬鹿が出した虚偽申請をすんなり通した所だな?そこのトップに儂の親戚がいるだと?儂が殺してやるわ!〉と。相当なモノだったのでおそらく本気かと」
「...一族揃って阿呆共が」
「う、嘘だ...」
「それに加え、業務上横領に収賄。
親戚の威光で
「...」
「心配するな、ヘローワークは国営だからな。
きちんと
嶋田が話を止めた時、幹部の佐藤が報告をする。
「監査部が到着、第五支部閉館の完了、監査開始準備が整いました」
「では始めろ。それと、九条は拘束しておけ。
おい!貴様等職員で不正に関わっていた者は今直ぐに名乗り出ろ!どうせ後から発覚するんだから今更手を掛けさせるな」
嶋田がそう言うと、顔色を悪くした職員達がポツポツと手を挙げ自首してくる。少なくない人数に嶋田を筆頭に幹部達は頭を抱える事となった。
結果、ヘローワーク第5支部は不正により逮捕、起訴される職員が続出し、業務運営が不可能と判断されて閉鎖される事となった。
支部長だった九条はそのまま即日逮捕され、警察署へと連行された。
九条会長の『殺す』発言が捜査関係者を焦らせた事も理由の一つだったと言う。
留置所で一夜を明かした九条の朝一の状況を確認した警察官は慌てふためいた。
九条容疑者の左耳、右目、左腕の肘から先、右足の膝から下が、無くなっていたのである。
血痕等も犯人の足跡も無く、九条の身体からは一滴も血が流れていない、正しく突然無くなっていた。
捜査官が九条容疑者の話を聞くも、
「許してください、ごめんなさい、許してください、ごめんなさい...」
と、繰り返すばかりで真相に辿り着く事は出来なかったという。
『【我々】に喧嘩を売るなど笑止。
尚、ヘローワーク第5支部が閉鎖された時点では在籍していた筈の受付嬢の1人の行方が分からなくなっていた。
その受付嬢も不正に関与していた疑いが強かった為、警察が家宅捜索や親類への事情聴取等をしたものの、発見に至る事がないまま捜索は国のお偉いさん達の圧力により、打ち切りとなった...。
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