034 月の異変と緊急脱出。〜◉それは確かな分岐点〜

 愛菜姉ちゃんアナさんとの感動的な再会を果たした俺は、アナさんの呼び方を変えようかと提案した。


[ピコン。総司に名付けてもらった〈アナ〉が良いわ]


 でもやっぱり、呼び捨てはムリ。アナさんを愛菜姉ちゃんと認識した以上、絶対に、ムリ。


「せめて、〈アナ姉〉じゃ駄目かな?」


 どう?、と聞いてみると、〈それなら良いよ〉との事だったので、これからはアナさん改め〈アナ姉〉に決定。


 因みに月は俺の再会劇一人芝居を、側でジーッと観察しているかのような素振りを見せていたが、本人曰く、


《おぼえてなーい。つきねてた?》


 との事だった。いや、知らんよ、とも思ったが、先程泣いてしまった姿を見られていなかった事に少し安心したのもあって、スルーしてボス部屋へと向かおうとしたその時、


《そーじ》

「ん?どうしたの、月」


 肩の上で、相変わらず可愛らしいフォルムの月が、始めて発した抑揚の無い、念話だった。


《ねぇ、そーじ》

「...月?」


 何かおかしい。

 月と念話しているはずなのに。



《そーじ、よくきいてくれ


 つきは、そーじのともだちだ


 これからも、ずっと


 これは、やくそく


 だから、おねがい


 いますぐ、このだんじょんから


 このさきは、いまのそーじには、まだはやい


 うんぷてんぷをもてあそぶが、あざわらってる


 そーじもも、つよくなってから、りべんじしよーぜ


 だから、そーじ


 つきのおねがいを、きいてくれ》

 

 ...驚愕した。

 今まで、月の会話レベルは幼稚園児並みだったのに。

 聞き流す事の出来ない内容もあった。

 月は、知っている?


「...月、どうして...?...なんで知って...」


[ピコン。...総司、戻りましょ。何かおかしいわ。さっきから月と念話のチャンネルが合わせられないの。取り敢えず、月の願い通り、ダンジョンを出ましょ?]


《...》


 月は、それ以上は何も念話してこない。

 アナ姉の言う通り、先ずはダンジョンを出よう。それが良いはずだと、なんとなくだが、俺も感じる。


「分かった。月のお願い通りに、スラⅡダンジョンの踏破はまた今度にして、このまま帰還する。

 月の様子も少し見たいから、ダンジョンを出たら今日は何処にも寄らずに帰るよ。

 パーティーはまた今度、だ」


[ピコン。ええ、月ちゃんも心配だし。それに、パーティーはちゃんと皆が元気な時にやらなきゃね]


 そのまま回れ右をして、俺は入口の転移陣へと急いだ。

 月は未だに身動きをせず、左肩の上で沈黙を貫いている。

 得体の知れない焦燥感が心を鷲掴みにしようとしてくるが、俺の、俺達の家族である月の事が心配で急いで帰る、という気持ちがそれらを上回っているようだ。



 戻った転移陣の部屋で、月をリュックの中に慎重に入れると、受付機や事務員をスルーして出張所を出た。

 遠くから、事務員の男性の喋る声が聞こえた気がするが、俺は走って駅まで急いだ。


 それから何事も無く、無事に自宅の玄関をくぐった俺は、リビングにYogibuの小クッションを置いて、その上に月をそっと乗せてあげる。


「月...早く、元気になってくれ...」


[ピコン。総司...月ちゃん...]


 暫く月の様子を見ていたが、何か変化が起こる事は表面上は無かった。まるで、眠っているかのようでいて、ただの置き物オブジェのようにも見えて。

 家族を失う恐怖と、自分自身の無力感に歯痒さを覚えながら、拳を握り締める力が段々と強くなって、


[ピコン。総司、月ちゃんが心配なのは分かるけど、装備を外して綺麗にしなさい。

 不安なのも分かる。遣る瀬無さや自分の無力感も。それはだって同じよ。

 月ちゃんが元気になった時、友達の総司が元気無かったら悲しむでしょう?]


 愛菜姉ちゃん...クソッ!イイ歳こいて俺は何やってんだよ、姉ちゃんにまで心配かけて。


「うん、そうだね。月に元気な姿を見せなきゃね。

 ありがとう、愛菜姉ちゃん。

 あぁ、それとさ。周りに誰も居ない時にはさ、愛菜姉ちゃんって、偶に呼んでも良い?」


[ピコン。もちろんよ、総司。愛菜でもアナでも、私は私。これからはアナとして総司と一緒に居るけど、だからと言って愛菜だった私の記憶が無くなる訳じゃないもの。

 どちらも、私。総司のお姉ちゃんよ]


 あはは。やっぱり姉ちゃんには敵わないや。

 いつまで経っても、弟は弟、だな。


 急いで防具を外し、ささっとメンテナンスして収納に入れて、インナー類を洗濯乾燥機に放り込んでシャワーを浴びる。

 全てを終わらせてリビングに戻るが、見た感じ月の様子に変化は無い。


「月、早く元気になっておくれ」


 成る可く側を離れないように、リビングの床に直接座る。少し硬い床の質感が伝わってくる。

 あぁ、そういえば新しいカーペット、買いに行かなきゃな。

 月は、どんな色や柄が好きかな?それともスライムはそんな事気にしないのか...そうだ!スライムの生態を調べたら何か分かるかも知れない!

 はやる気持ちを落ち着かせながら、急いでノートPCを取って来ると、【スライム 生態】で検索をかけた。


 “ダンジョンと魔物の生態について”という記事を見つけ出し、俺は貪るように読み漁っていった...。





〜月side〜

 

 貴方様は誰ですか?なんでボクの、月の中に入って来たんですか?


《おどろかせてごめんなー》


 いえ...いや、確かに驚きましたけど。

 それは良いんです。その、理由は教えてもらえないのでしょうか?


《んー、そーじにもいったとおりだぞ〜?

 だんじょんをとーはする...あのおくにすすむのは、まだはえーのだよ》


 ...チカラ不足という事ですよね?


《そーでもあるし、それだけでもないなー》


 貴方様は...なぜまで、ここにいらっしゃったのですか?


《ともだち、だからな

 かぞくだって、いってくれたからな

 やくそく、したしな》


 そうですか...。

 月は、大丈夫なのでしょうか?


《ん?つきはだいじょーぶだぞ?ねてるだけ》


 それなら、良かった。総司さんが心配してるから。


《そーじはやさしーし、かっこいーからな。すこしおっちょこちょいだけどなー》


 ですです。総司さんは、ボクと月の英雄ヒーローですから。


《おまえたちも、つよくなれよー?つよくなって、そーじをたすけてやってくれー》


 はい。お約束します、オリジン原初様。

 あの、良かったらお名前を聞かせてもらえませんか?たぶん、ボクの予想ではーーー



《ゆーきゅーのときをまどろむおりじんなり

 やくそくをはたすものなり

 そーじのでかぞくなり

 いまもむかしも、これからも


 つきは、つきなり。すらいむなり


 おれはおまえで、おまえはおれ》


 やっぱり...。

 あんまり無茶しないでくださいよ、ボク


《まーそーゆーな。

 これは、あのひとからのおねがいとやくそくだったからなー。しょーがねー》


 しょうがないって...。

 でもまあ、お会い出来て光栄でした。

 まさかオリジン原初様が自分自身だったなんて不思議な気分ですが。


《つきもあえてよかったぞー

 ん?そろそろじかんだな

 つきもかえるわー

 これからだぜー!》


 え!?家族旅行?ボクは未来で家族旅行に行ってるの?スライムが?


 えーーーーーーーっ!!?


 オリジン原初様、何ですかその姿!?

 真っピンクの羊って、ニンゲンの言うところのホラーってやつでしょ!?


 あぁ、行ってしまわれた。自由な御方ですね...。

 兎も角、今回総司さんを引き留めたこの分岐点が、未来のボクが態々来訪するくらい重要だという事なんでしょう。

 それに...ボク達も強くならなくては。

 総司さんの肩の上に、何時迄も鎮座していれるよう、強く。




 それにしても、ボクってこんなに賢かったかな?

 そう思える時点で、普通じゃない気がするし、月が生まれたのに、ボクの意識はより鮮明に〈個〉として確立してきたような気がする。

 何故だろう?


 あぁ、時間だ、月が起きる。


 総司さん、一緒に頑張りましょうね。


『月!?月、月、あぁ良かった!心配したよ、月〜』



 まったく...優しい...なぁ.....もう...



《ん?つきねてた?おはよーそーじ!》

 






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