029 自分らしく、小さな決意を真夜中に。...その明晰夢は誰が為に。

 探索者協会〈第888F〉ダンジョン出張所...長っ!...いや、それどころじゃないんだった。


 キョロキョロと辺りを見回しながら足早に駅へと向かう。

子どもの頃、約束事をうっかり破ってしまい、施設長母さんに見つからないように部屋に戻ろうとした時を思い出す。結局見つかって怒られた上に、罰のトイレ掃除をしたあの苦い思い出が。確か、あの時は愛菜姉ちゃんがチクったんだよな...思い出したら腹立ってきたわ。


[(あれは総司が悪いでしょうが)]


 いかん!違う、今はそれよりも。

 月にいつも探索帰りに買い物する為に常備していたエコバッグの中に入ってもらい、俺が肩から掛けている。

 駆け足で改札機をタッチして抜け、ホームに到着していた電車に急いで乗り込んだ。

 乗り込むと同時にプシューっと扉が閉まり、電車がゆっくりと動き始める。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、とリズム良く電車が走る音に、月が楽しそうに念話を通して報告してくれる。


《がたんごとーん♪がたーんごとん♬そーじなんだこれー》

(シィッ!月、静かにしててね)

《おけ!つきはおくちちゃっくー》


 口なんか無いだろ、と思い至る余裕も今は無かった。そもそも念話なので自分以外に月の声は聞こえない。その事実に気付くのはもう少し後になってから。

 落ち着いて行動するって大事よな、ホント。


 緊張感のある電車での移動を終え(正味約5分)、改札を出て自転車置き場で自転車に乗ると、自宅マンション目指して必死にペダルを漕いだ。

 あと少し、あと少しだから!


 マンション駐輪場に着き、急いでオートロックを開けエレベーターに乗り込んだ。タイミングが悪いことに同乗者がいる!...しかも一つ上のフロアの住人の女性で、扉が閉まり動き出すと話しかけられた。


「こんばんは、折谷さん。まだまだ暑いわね」

「こ、こんばんは。そうですね、私もちょっと自転車を漕いだだけで汗だくで」

「分かるわ〜。こんな日は冷たいビールが美味しそうね」

「ははは。そうですね、冷たいビールでも飲んで(許されるのなら)早く寝たいですよ」

「あらそう?良かっ〈ポンピン♪〉」

「あ、着いたので私はこれで」

「....えぇ、またね」


 エレベーターを降りた俺は振り返る事無く自室の玄関に鍵を差し込み、急いで中に入った。

 エレベーターの方から、扉の閉まる音と一緒に先程の住人の声が、僅かに耳に届く。


『.....残ーーまたーー』


 室内に入ると、換気の為に開けていた窓とカーテンを全て閉めてエアコンをつける。そこまでしてやっと月をエコバッグから出してあげる事となった。


「月!ごめん、お待たせ!」

《そーじ〜、つきのおくちどこー?おくちちゃっくできんー》

「...そうだった...念話じゃん」

《そーじばかだなー》

「そだね。アハハ、ハハハ、はぁ」


 襲いかかる脱力感に抗いながら、カチャカチャと装備を外していく。自転車を全力で漕いだ為にインナーはかなりベタついていたので、このままシャワーを浴びてサッパリしたい。


「月〜、シャワーを浴びて体を綺麗にするけど一緒に浴びる?」

《しゃわー?なにそれー》

「あー、お湯を浴びて体の汚れを流す?水浴びみたいなのかな」

《ふ〜ん、つきはよごれてないからいーや》

「じゃ、これでも食べて待っててね」


 そう言って収納から幾つかのお菓子を出して月に与え、浴室へ。


 汗を流してサッパリ出来た俺が浴室から戻ると、お菓子を食べ終えた月がコロコロ、ポヨンポヨン、とリビングを縦横無尽にはしゃぎ回っている...元気だなぁ、仔犬みたい。


「月お待たせ〜。何してんの?」

《おそーじ!におしえてもらったー》

「あなねー?....あぁ、アナさんか...って!?月、アナさんとお話し出来るの?」


[ピコン。出来ますよ、総司。念話のチャンネルを合わせましたので]


「そうなんだ。そう言えば掃除って何?」


[ピコン。スライムは基本的に体表に付く汚れ等を消化・吸収しています。先程、月が《汚れていない》と言ったのはこの為です。

 月が《何かお手伝いをしたい》との事だったので転がって部屋の埃等を綺麗にしてみては?と伝えました。スライムは何でも消化・吸収しますし、影響も受けませんので]


「成程。月のル◯バモードって事ね...楽しそうならいっか」

《きゃははははー!どけどけー!》


 疲れていたので、カップ麺で簡単に夕食を済ませると、缶ビール片手に月の今後について考える。


「どうしよう?ダンジョンの外に魔物が出たなんて知れたらパニック間違いなしだよなぁ」


[ピコン。総司、skill【擬態】を月に覚えてもらってはどうでしょう?外では犬や猫、それこそ総司の装備品に擬態してもらえば良いのでは?]


「擬態スキルかぁ...うん、今のところそれが最善っぽいね。

 ただ、問題はどうやって月にスキルを覚えさせるかだよね...そもそもskillカードは魔物に使えるのかな?鑑定すれば多少判るかも知れないけど、手元に現物が無い事にはなぁ」


[ピコン。オークション等を調べてみるべきかと。先ずはスライムカードの目標を達成させてskill【取得経験値増加】を獲得して、スラⅡダンジョンを踏破しましょう。それから月の事を考えても遅くは無いと思います]


「そだね。ありがとう、アナさん。少し頭が整理出来た。先ずはスライムカードを集めて、スキル獲得だね」


[ピコン。どういたしまして。明日に備えて早目に休むべきかと。魔物も睡眠は必要ですので月も暫くすれば...ふふふ。月は既に夢の中のようですので、総司も休んで下さい]


 そう言われて月を探すと、ソファの下でピタッと動かずに小さく呼吸するかのようにしている月を見つけた。思考が漏れて寝言みたいに念話として伝わってくる。


《そぉじ...たのし...ともだち...Zzzz》

「あはは。はしゃぎ過ぎたかな?施設の子ども達みたいでかわいいな。おやすみ、月」


 起こしてしまうといけないと思い、静かに来客用の布団セットをリビングに敷いて寝る事にする。

 朝、月が目覚めた時に寂しくないように。


「今日は本当に色々あったけど、友達...が増えた、素晴らしい日だったな。

 なれるように明日も頑張ろう」


 そう、自分らしく小さな決意表明を言葉にして、部屋の照明を消す。

 独りぼっちで寝た寝室のベッドよりも、リビングの床は布団越しでも固かったが、間違い無く、穏やかで心地良かった。


[(お姉ちゃんも一緒に頑張るよ。おやすみなさい、総司)]


折谷総司 ♂ age:30

Lv:13

rank:F

job:トレーダー:Lv2

skill:トレード:Lv2、鑑定眼:Lv2、脚力強化、収納+α、念話、変質者※使用不可能

title:×1、変質者、大物殺しgiantkilling、(アナさんのお気に入り)

friends:バドスライム〈月〉


スライムカード(159/200)




 俺はその夜、夢を見た。


 目の前で寂しそうな顔を見せる女性。


 知らないの両親の笑顔。


 時雨さんの怒髪、天を衝く姿。


 継ぎ接ぎだらけの破損した仮面を被る、


 俺。


 夢の俺と目が合った瞬間ときーー


 


 何処かで小さく、カチャリ、と音がした気がしたんだ。

 

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