028 【回想録②】The lost day...施設長《母》と愛菜《姉》と総司《弟》と。

『なんでだよっ!!』


 それは15年前、施設の桜がその蕾を開こうかと夢を見るころ。


『嘘だって言ってくれよ!!施設長母さんッ!』


 昨日、来月から通う高校の、新品の制服が届いた。

 贈り主の欄には、彼の大好きな姉の名前があった。


『なぁ...頼むよ...お願いだからさ.....嘘だよって...さぁ...』


 同封されていた手紙には、


 “高校入学おめでとう!ちゃんと青春しなさいね。入学式、都合がついたら行くからね!

 制服姿楽しみにしてるよ。  お姉様より”


 手紙と一緒に出てきた、高価では無いが流行りの男物の腕時計は、彼が欲しがっていた物だった。


『................うぅぅ...』

...』

『うわぁァァァァァァあッ!!!』

『そ、総司!?しっかりしなさい!誰か!誰か来て!ーーーー』



 数時間前。


 その日、養護施設の施設長である私に、佐倉 愛菜が、ダンジョンを探索中に〈イレギュラー〉と呼ばれる魔物と遭遇し、命を落としたと探索者協会から連絡が入りました。


 これまで沢山の子供達を社会に送り出してきた私は、その数だけの人の生と関わってきました。その中には、悲しいかな若くしてこの世を去る子も。

 皆を等しく愛す、そうやってこれまで多くの子供達に接してきた私の中でも、佐倉 愛菜には、姉として総司と共に育った愛菜には、様々な感情、特に感謝の気持ちを強く感じていました。



 急ぎ、探索者協会本部に辿り着くと、受付に事情を話す。

 対応した担当者は真剣な表情で奥の通路へと、誘導してくれました。

 通された地下の部屋の扉を開けてもらうと、抑えた調光の部屋の中央に、少し高いベッドのような台に白い布を被された愛菜と、その横で真っ直ぐと立つ探索者風の女性、その少し奥に、スーツを来た男性が居ました。


『愛菜!!あぁ、愛菜、愛菜...どうしてこんな...』


 台に寝かされている我が子に、顔に、髪に、手を触れながら、止まらない涙を拭う事無く、その存在の儚さを確かめていく。


 春風に似た穏やかな笑顔が。

 真夏の太陽にも負けない元気で明るい声が。

 十五夜に浮かぶ月光の想わせる優しい眼差しが。

 耐冬花つばきのように強くて真っ直ぐな心が。


 その全てが、儚くなって。

 


 薄らと、死化粧をされた顔には、大人の女性のような真っ赤な紅をさしており、今にも『施設長お母さん』と、呼んでくれそうで。


『この度は、心からお悔やみ申し上げます』


 腰を折る男性の横で、探索者風の女性が、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。


『愛菜は...愛菜さんは、私の...可愛い後輩で、皆からも、とても頼りにされる、素晴らしい女性でした...』


 今回の事を探索者協会が調査した結果を、多少の推測も交えながら、説明される。


『...そう、ですか...』

『元凶は、私が確りと断ちました。

 ...間に合わなかった事を、助ける事が出来無かった事を...いえ、申し訳ありません』


 謝罪の言葉を、ぐっと呑み込む女性。

 謝罪など、必要ない。そもそも探索者は自己責任が原則。

 愛菜ももちろん、そう。それが全て。

 こうやって、ダンジョンから亡骸を綺麗な状態で移送してくれたのも、彼女の誠意の表れでしょう。

 愛菜は、良き人達に出会えたのですね。


『愛菜さんは、養護施設の施設長、貴女の事を母だと、日頃から言っておりました。

 通常、身寄りの無い探索者が亡くなった場合、協会にある共同墓地に納骨する事となります。

 愛菜さんの気持ちを考え、貴女に確認を取ろうと、思っていました』


 男性からそう言われ、私は、


『施設に、小さいですが、墓があります。

 これまでにも、不幸に見舞われた子達を、そこで眠らせております。

 愛菜は、元気で、明るくて、優しくて。

 そして、人一倍、寂しがりやでもありました。

 そんな彼女には、施設の皆私達家族の側で、安らかに眠らせてあげたいと思います』

『...うぅっ...ごめんよ...愛菜、ごめんよ...』

『...かしこまりました。そのように手配致します』


 気丈に振る舞っていた女性が泣き崩れ、そう言った男性は唇を噛む。


 細かな事を、少しだけ打ち合わせした後、私は施設に帰る事にしました。

 先程の女性から自己紹介をされました。

 彼女の名前は、小柳 香澄さん。

 意思の強そうな目をした、心優しい女性でした。



 施設に戻った私は、先ず最初に職員達を集めて報告をする。

 泣き出す者や、驚きのあまり言葉を失う者、愛菜と仲の良かった施設出身の職員は、泣き崩れた後、気を失ってしまいました。

 喪失感が職員室を支配する中、私は声をあげる。


『そんなんじゃ、愛菜に笑われますよ!しっかりしなさい。私達が、家族全員で、愛菜をちゃんと送り出しましょう!』


 職員達が夫々に業務に戻っていくと、入れ替わりに愛菜が大切にしていた、愛菜を大切にしている、弟の総司が入って来ました。


 少し、話を聞いたのでしょう。


 驚きと戸惑いと悲しみと、認めたくない否定の気持ちが言葉にのって、ぶつかってきます。


 吐き出した心の叫び声が、総司の意識を攫っていってしまった。


『そ、総司!?しっかりしなさい!誰か!誰か来て!!早く!』





 それから三日間、総司は一度も目を覚ます事無く、眠り続けました。



 

 

 


 

 


 


 

 

 

 

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