022 ◉天網恢恢疎にして漏らさず。〜愚者愚者に縺れ合う〜

 その日、ヘローワークは一本の電話によって未曾有の事態に陥った。


ーープルルルルル、プルル〈ピッ〉


「お電話ありがとうございます。ヘローワーク第5支部の私、斉藤が承ります」

『大事な話がある、責任を取れる者と代わって頂きたい』

「...お客様、失礼ですがいきなり責任者と仰られても取り継ぎはできかねますので、宜しければ一旦、私がお話をお伺いさせて頂きます」

『そうか...では、今から私が話す内容は我々の組織にとってとても許容し難い事であり、只のクレームだのといい加減な対応をされようものなら、我々はヘローワークを完全に〈敵〉と見做しさせて頂く準備が整っている。それでも君が聞くと言うのであれば、話させてもらおう。よろしいか?』

「ッ!?....い、いえ、大変、失礼致しました。直ぐに責任者に取り継ぎさせて頂きます。お、お客様のお名前を伺っても宜しいでしょうか...」

『これは失礼。私は〈探索者協会、〉の鳳という者だ。では、取り継いでくれ」


 斉藤と呼ばれた女性は、鳳からの電話を保留し、直ぐに支部長に内線を繋ぐ。


『もしもし、何事だ?今は来客中と伝えてあるだろう?』

「申し訳御座いません、今、探索者協会代表理事の鳳様から緊急を要する案件の電話が入っております。『責任者と代わって欲しい』との事ですのでお繋ぎしても宜しいでしょうか?」

『責任者とだと?探索者協会がどうしたと言うのだ。.....今は来客中だと伝えろ。後でと言っておけ』

「で、ですが支部長!」

『しつこいぞ!いいから、私がそう言ったと伝えておけば良い、探索者協会が何を偉そうに』

「......分かりました」


 斉藤は支部長に言われた通りの事を、恐る恐る一言一句そのまま鳳に伝えるしかなかった。

 下手にオブラートに包んでしまうと、後で事実確認された時に問題が大きくなると判断したからだ。斉藤は、先程の責任者との内線も含めて確りと録音している。


「鳳様、誠に申し訳御座いません....」

『成程、それがヘローワークの答えか。間に挟むようで君には悪いことをした。残念だが我々はヘローワークと袂を分かつ事となるだろう。斉藤さん、悪い事は言わないから退職した方が貴女の為となるだろう。これでお詫びとなれば良いが、困ったら探索者協会の鳳を訪ねてくれ。では失礼する」


ーープツッ、ツーツー.....


「....嫌な、途轍もなく嫌な予感がする....どうしよう...退職、か...」


 悩んだ結果、斉藤 しずくはヘローワークをその日の内に退職する。雫は後に『あの時決断した私、偉い!』と家族に漏らしていたとか。

 

 退職した雫はヘローワークで仕事を探せる状況では無かった為、悩んだ末に探索者協会の門を叩く。そこで偶然にも鳳本人と会う事となり、雫の能力を評価した鳳によって専属秘書に大抜擢されるというリアルシンデレラストーリーに協会女性職員達から羨望の目で見られ、語り継がれるのであった。雫本人は『恥ずかし過ぎるからやめてぇ〜!』とトイレで叫んだとか、叫ばなかったとか。



ーープルルルルル、プル〈ピッ〉


「お電話ありがとうございます。ヘローワーク本部の私、加藤が承ります」

『探索者協会の鳳だ。代表の嶋田と代われ』

「鳳様!はい、畏まりました。少々お待ちください!」


 支部とは違い直ぐにヘローワーク本部の代表に取り継がれた。


「鳳様、御無沙汰しております。お電話代わりました、嶋田です」

『久しいな嶋田。壮健か?』

「はい、お陰さまで元気に過ごしております。鳳様、今日はどの様な御用件でしたでしょうか?」

『実はなーーー』

「!!!っ、鳳様、申し訳御座いません!直ちに事実を確認し正しますので、ど、どうかお待ち頂けないでしょうか!」

『何を待てば良いのだ?貴様等ヘローワークを我々探索者協会は〈敵〉と既に認定したのだぞ?私はただ決定事項を伝えただけだ』

「そ、そこを何とか再考して頂きたく!」

『無理だな。この件は〈翁〉のところまで上がってしまっている。私も先程お会いに行き話をして来たところだ』

「〈賢老〉様にまで...何という...」

『旧誼に免じて先に伝えてやったまでだ。細かい詳細等は探索者協会ウチから改めて届くであろうよ。....嶋田、達者でな』

「お、鳳様!お待ちく〈プツッ〉...!!」


ーーツーツー、ツーツー。


ーーピッ、プルルル〈ピッ〉


『はい、加藤です』

「今すぐ第5支部に向かう用意をしろ!幹部連中も同行させる!大至急だ!」

『は、はい!直ぐに御用意します!』


 それから15分後、嶋田をはじめ、幹部の面々が黒のリムジンに分かれて乗車すると、ヘローワーク第5支部へと出発した。理由も聞かせて貰えず急いで集まった幹部が、事情を聞く為にリモート会議を開いて皆で話を聞ける体制を整えた。

 その後全ての事情を把握した幹部一同は、一言も発せず黙り込んでしまう事となった。


「以上だ。先ずは件の支部にて事実確認とこんな馬鹿をやらかした者共の身柄を拘束する。探索者協会からの通達事項は未だ本部には届いておらんから、その先の事は届いてからだな。質問は?」

『代表、鳳様へ第5支部長を突き出しては?』

『それで少しでも溜飲が下がれば...』

「無理だろうな。今更第5支部長のそんな首一つで解決するものか。鳳様は『それがヘローワークの答えか』と仰ったのだ。ヘローワークは国営だぞ?謝罪するなら国が頭を下げねばならんのだよ」

『国が.....頭を下げてくれるでしょうか?』

「下げなければ第2の〈魔石ショック〉事件だな。探索者を蔑ろにして人工知能マザーが黙ってる訳ないからな」

『魔石ショック!!』

『まさか自分の住む国で起きる可能性があるとは....』

「こんな事態にならない様に賢老様や鳳様と調整してきたというのに....第5の馬鹿者共が台無しにしよって!....そういえば、件の馬鹿の名前は何と言った?」





です。〈魔石エネルギー変換効率上昇技術〉を世に打ち出した企業の創立者でもある九条氏の親戚筋からのコネで入った者です』



ーー廻る廻る、愚者共は繰る繰ると。操り人形marionnetteの糸が全ての人形を巻き込みながら絡まっていくかのように。

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