013 つまらない物に詰まる言葉、溢れ出した感情。そっかぁ...ちゃんと愛されてたんだな、俺。

 初トレードをささやかにお祝いした翌日。


 少し贅沢な晩酌を翌朝に持ち越すこともなく、スッキリ起きる事ができた。

 去年くらいから、急に、お酒に弱くなったんだよなぁ...年齢としのせい?それとも...いや、何でもないや。


 さて、と。

 流石に手ぶらじゃイカンな。

 こういう時は、店で、手土産買ってくしかない!




「オバチャン!久しぶり、まだ生きてた?」

「久しぶりだと思ったら上等じゃねーか、総司?この〈菓子屋の〉と言われたアタシをオバチャンだとぉ?」

「だーかーらー、何度も言うけどさ、振り返り美人は悪口に近いからね?後ろから見た感じ美人だけど、振り返ったら...ってヤツ。それ言った奴殴ってもいいと思うよ?」

「ヨシ!殺してやる。ちょっと裏来いや」

「俺は言ってねーだろ!止めろ!腕捲りするなって!何だよその上腕二頭筋は!」


 菓子屋の振り返り美人(悪口)ことオバチャンは、俺が高校生のとき、お金に余裕が無くてバイトをこの和菓子屋でしていた頃からお世話になっている女性なんだ。

 ちゃんと覚えておいてね?アナさん。ココ、テストに出るよ?


[...]


「総司はもう少し女心を勉強しな。女性に筋肉の話なんかするんじゃ無いよ、全く」

「(アンタが見せつけてきたろ)...へ〜い」

「そんなんじゃ嫁さんに捨てられるよ!」


 あ〜、そっちに話題がいったか...。


「...もう、捨てられた」

「えっ!?ホントかい総司?冗談だろ?」


 オバチャンの目が見開かれる。


「マジ。この間離婚が成立した」

「...理由は?...何があったんだい?」


 スッと目が細くなるオバチャン。


嫁さんあっちの浮気。子供が出来たから別れろ、だってさ」

「!!...そう、かい...大変だったね」

「オバチャンごめん!結婚する時お祝いしてもらったのに、こんな事になっちゃって」

「そんなことは良いんだよ。それよりも総司は大丈夫なのかい?ちゃんとご飯食べてんのか?」

「大丈夫だよ。仕事を辞めたり、バタバタしたけどさ。

 今は知り合った喫茶店のマスターにお世話になって、探索者やってる」

「探索者...」

「こう見えても頑張ってるんだぜ?....まだ始めて間も無いけど」

「そうかい。身体だけは大事にするんだよ!来ないと許さないからね!」

「おう!〈いのちだいじに〉作戦だ」


 少し表情が和らいだかな。


「ったく...そういえば、何か買いに来たんじゃないのか?」

「あ!忘れてた。さっき言ったマスターにお世話になったお礼をしに行くから、塩大福と苺大福をセットで2つ包んでよ」

「毎度。総司は相変わらず、この2種類の大福が好きだねぇ」

「やっぱ〈小柳和菓子店〉の塩大福と苺大福はサイキョーだからね!先代のも美味かったけどオバチャンの大福もめっちゃ美味いから大好き!」

「ありがとさん。はい、お待ちどうさま。

 会計は920円だよ」

「ほい...じゃあ丁度ね...そろそろ行くわ」

「またおいで」

「分かった〜、じゃあね〜」



――ガラガラガラ、ピシャ。



◉〈小柳和菓子店〉店主オバチャン


 古めかしい木製の引き戸を閉めて、買い物を終えた総司あの子が出ていった...。


 〈小柳和菓子店〉の店主、小柳こやなぎ 香澄かすみは、閉まった出入口の、硝子戸の先を暫く見つめてから、呟く。


「探索者、ね...ふふっ、やっぱり【蛙の子は蛙】みたいですよ、


 15年、か。

 あっという間だったね。

 いつの間にか、大人になって。

 働き始めて、結婚して...離婚しちまって。

 そして、探索者...か。

 相変わらず心配ばっかりかけんじゃないよ、ったく。

 でも、総司あの子のそんなトコは、貴女にそっくりですよ。


 ...嬉しいような、少し寂しいような。


 そんな感じだよ。



 暫くすると香澄の顔が一変し、般若の様相を見せながら吐き捨てる。


「確か...沙織とかいう名前だったかね、総司の元嫁阿婆擦れは。

 総司家族を裏切るなんていい度胸じゃないか。アイツ等にも連絡しておかなきゃね...」





 自慢の手土産を持ち、先日入った喫茶店の入口のドアを開く。

 懐かしい感じのする、アンティーク調のドアベルが、の来店を1番に喜んでくれた。


ーーーカランコロン♪


「お邪魔します!マスター」

「おやおや。総司君いらっしゃい。どうぞこちらへ」


 俺に気付いた時雨マスターが、カウンター席に案内し、オーダーを聞いてくれる。


「アイス珈琲で良かったかな?」

「はい...マスター、先日は色々とアドバイス頂き有難う御座いました。

 お蔭様で、何とか探索者としてやっていく目処が立ちそうです。

 お礼、と言っては何ですが、これ、ですがどうぞ!

 高校生の頃にバイトしていた和菓子屋さんの大福なんですが、凄く美味しいので良かったら、どうかなって買って来ました」

「おやおや、これはご丁寧...にあ、り...」


 マスターが、急に言葉を詰まらせてしまった。

 少し皺の目立つ大きな手が、マスターの目元を隠したのを見て、吃驚して慌てて声をかける。


「マスター!?すいません、大福お嫌いでしたか?そうとは知らずに失礼しました!」

「いえ、違うんです。違うんですよ、総司君。この小柳和菓子店の大福は、私も大好物なんです。

 あまりにも嬉し過ぎて...お恥ずかしい...」

「そ、そうなんですね、良かった〜。

 自信持って買って来ちゃったんで焦りました。

 それにしてもマスターは、〈小柳和菓子店〉の事ご存知だったんですね〜。少し得意気に言っちゃったから、恥ずかしいです」



【――時雨!この〈小柳和菓子店〉の塩大福は美味いぞ!絶対に珈琲に合うから、食ってみな!】


【――時雨君、苺大福の方が美味しいわよ!熱めのブラック珈琲がお薦めよ】



「(やっぱり総司君この子は、あの人達のお子さんなんだな。

 懐かしい記憶が蘇って、年甲斐もなく涙なんて...少し恥ずかしかったですね。

 大変な人生を歩んで来ただろうに、こんなに素直で、優しい人間に成長しているなんて)

 さて、珈琲を淹れましょう。折角の甘い物ですから総司君も一緒に食べませんか?」

「ありがとうございます♪俺、本当にこの大福好きなんですよ。!」

「....ふふふ、あははっ!何という偶然!これはこれは、【蛙の子は蛙】なんですねぇ」

「??ど、どうしました、マスター?蛙、ですか?」

「少し待って下さい、今珈琲を淹れますから」


 そう言ってマスターは、素早く2人分の珈琲を淹れると、サッと店の表に出たが、直ぐに戻ってきて、隣に座った。


「では、頂きましょう」

「はい。ご相伴させて頂きます」


 早速、大福の入った箱を丁寧に開けると、真っ白な塩大福と薄っすらとピンクがかった苺大福が一つずつ。

 相変わらず美味しそう!

 「先ずは塩大福から」と呟きながら食べ始める。

 少し、こちらを見ていたマスターも、大福を取り出して食べ始めた。


「やっぱり美味い!オバチャンまた腕上げたな〜」

「オバチャン?あの店の店主は男性では無かったですか?」

「あぁ先代の事ですか?先代なら10年位前に腰を悪くして引退したんで、今は娘の香澄さんが店を継いでますよ」

先代店主あの人が腰をですか。随分と足が遠のいていたので知りませんでした。

 それにしても、あのヤンチャ娘が店を継ぐとはねぇ」

「あれ?マスターも香澄さんをご存知でしたか。今も元気いっぱいですよ〜?今日なんか腕捲りされて怖かったですよ?」

「あはは、あの娘は変わりませんね。懐かしいです」


 大福を食べながら珈琲を飲み、マスターと雑談をしながら穏やかな時間を過ごしていく。

 歳上の知り合いは少なかったから、こうやって過ごすのって、なんか、良いな。

 一息ついた頃合いに、マスターが、より穏やかな口調で問いかけてきた。


「総司君。少し昔話を聞いてくれませんか?」

「昔話?あ、マスターの探索者時代の英雄譚ですか?」

「英雄譚、ですか...確かに英雄譚のようなお話ですが、残念ながら私の話では無いんです」

「へぇ、そうなんですね。是非聞かせて下さい」


 ふふふ、と笑顔のマスターは、少し遠くを見て、懐かしい思い出を引き出しから一つずつ大切に取り出している、そんなように見える顔で、ゆっくりと語り出した。


「そうですね...私が探索者だったのは話したと思いますが、実は私、これでも、それなりのランクの探索者でした。

 ソロでダンジョンに潜っては、強敵と戦ったり、お宝を見つけ出して沢山の報酬を得ていました。

 勿論、いつも1人でいた訳では無く、臨時でチームを組んで探索をする事もありました。

 そんな時にはいつも決まって組む探索者の人達がいて、お互い実力も同等。その人達は2人だったんですが私が中に入っても何の違和感なく探索出来ました。

 当時の私は『こんな感じならチームも良いな』と思ったものです。

 その人達は、男性が〈東條 真也〉さん、女性は〈裕子〉さんといいます。お似合いのカップルから、誰もが羨む鴛鴦おしどり夫婦となりました。お二人共とても優しく、そして、でした」


 そこでマスターは、一口だけ、唇を湿らすかのように珈琲を飲んだ。


「それからも私は、幾度となく東條夫妻と探索を重ねました。裕子さんが妊娠してお休み中は、真也さんと2人で探索をした後に、御自宅にお邪魔してお子さんを抱っこさせてもらいました。可愛い息子さんで、真也さんはいつもダラシのない顔をしては、泣かれていましたよ」


 ふふふ、と笑ってから、少しずつマスターの声のトーンがさがり、真剣な目になっていく。


「それから間も無くして、裕子さんが探索者に復帰して直ぐの頃、ダンジョンで〈大災害〉と呼ばれる出来事が起きました。

 私達みたいな実力者が束になっても、とても歯が立たなかった大災害ソレ

 そして、ソレを止める方法が、ある事が、人工知能マザーからの情報で分かりました。


 それは、〈内側からダンジョンを封印する〉...とても非人道的で、残酷なモノだったのです。


 誰が、なんて事は誰も口にしません。皆が仲間であり、家族のように接してきましたから。

 誰かの犠牲の上にある幸せなど選べる筈が無かったのです。


 なのに、それなのに、あの2人は微塵も躊躇うこと無く、進み出て行ったんです。


 私はその時不甲斐ない事に状態異常になってしまっていた為に、2人を止めることが出来ずにただ見ている事しか、出来なかった。


 2人はを私に掛けてから、走り去りました。



【――皆、生きてくれ。こんな大災害理不尽。だから、皆はオレ達の子や、孫の時代を幸せにする為に、生きてくれ】


【――みんな、これからも頑張って生きるのよ。必ず生きて幸せにならなきゃダメよ。それでね、もし余裕があったらで良いから、愛しい私達の子の事を気にかけてくれないかな?私達の可愛い赤ちゃん...一緒に生きてあげれない駄目な両親でゴメンね】


 これが、2人の最期の言葉です。


 いいえ、君の、総司君のの最期の、言葉です」


「...え?父ちゃんと母ちゃん!?マスターとチーム?探索者だった?...大災害を、2人共帰って来ない...」


 混乱している頭の中が落ち着くのを、ジッと目を逸らさずに見守っていたマスターが、弱弱しい声を紡ぐ。


「総司君。本当に申し訳無い!私が、私があの時2人を止めて代わ」

「それは違うッ!」


 反射的にマスターの言葉を遮ると、口から言葉が勝手に溢れる。

 

、マスター。

 俺の、俺の父ちゃんと母ちゃんは〈犠牲になる〉なんて事は考え無かった筈です。みんなの未来や幸せを願って、走ったんです。

 それに、ダンジョンは封印されたんですよね?だったらまだ、父ちゃんも母ちゃんも頑張って闘っているかも知れないじゃ無いですか。

 ダンジョンは森があったり街があったりと不思議がいっぱいなんですよね?中には時間が緩やかに流れるダンジョンだってあるかも知れないじゃ無いですか。だから、

 遺体を見た訳でも無いのに下さいよ。

 父ちゃんも母ちゃんも、まだ絶対諦めていない、そんな気がするんです...俺」


 そう、早口に捲し立ててしまう。


「あ、ああ...そう、だ...私は見て、いない」

「でしょう?だったらもっと前を向いて生きましょうよ。

 父ちゃんと母ちゃんの事は俺に任せて下さい。それこそ、〈そんな理不尽はオレが斬り刻んでやる〉ですよ。

 それに、両親が言った〈生きて幸せになれ〉ってやつの中に、ちゃんとマスターも入れて下さいね。両親はそれを望んでいる筈ですから」


 そう言うと、マスターは顔をその無骨な両手で覆った。


「う、うぅ...ありがとう、ありがとう総司君...」

「俺は何もしてませんよ...でも良かった」

「...良かった?」

「話を聞けて良かった、です。

 俺は物心ついた頃には施設にいました。本当の両親はいないって聞かされてて、少し寂しかったし、恨みもしました。


 何で独りぼっちなんだよ!って。


 だけどマスターが話を聞かせてくれたから、って分かったんです。


 なんか幸せな気持ちになりました。だから、こちらこそありがとうございます、ですよ」


 自分の目から、涙が自然と溢れた。


 〈死んだ〉〈捨てられた〉と聞かされていた両親が生きているかもしれない。

 そしてという事実が、嬉しかったんだ。


 恨みたくなんか、無かった。

 会いたかった。

 でも、会えるかもしれないと、知った。

 会いたい、と心から、思ったら。

 涙が勝手に出やがって、止まんねぇ...よ。



「総司君、一服しませんか?」


 俺が落ち着くのを見計らって、マスターが提案してくれる。

 勿論、俺は、


「いいですね!一服しましょう」


 煙草を取り出そうとすると、マスターが『どうぞ』と言いながらスッと煙草を渡してきた。


――この銘柄は真也さんも吸っていたものですよ、吸ってみませんか?


 俺とマスターは、煙草に火を点けて、ふぅ〜っと紫煙を吐き出し、お互いに目尻に涙を浮かべながら、笑い合う。




【――時雨、一緒にこの煙草にしないか?それならお互い煙草が切れた時に分け合えるだろ?】



――真也、裕子さん。安心して下さい。

 貴方達の息子は、ちゃんと素直で優しい人間に育ってますよ。


 紫煙は、喫茶店の天井に昇り、やがて2人をつつみこむかのように消えていった。



――今日は煙草の煙が目に沁みる。


 たぶん、マスターも、俺も。

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