012 ◉そんな理不尽が罷り通る世ならば、私が斬り刻んでやろう。〜後〜 九条会長は...
――貴様の顔など見たくも無い。二度と
尊敬する時雨から侮蔑の言葉と共に、楽しみの一つであった美味い珈琲を飲むことすらも拒まれた九条
――プルルルル、プルルルル、ピッ
『お疲れ様です、九条会長。右川です』
「......社内の事で今直ぐに調べ無ければならない事がある。メモを取れ右川」
『畏まりました...用意出来ました』
「先ず、折谷 総司という社員が〈ダンジョンエネルギー技術開発部〉に所属していたか、どうか。それと【魔石エネルギー変換効率上昇技術】の開発に本当に関わっていた人間の調査及び、開発に至るまでの経緯。
娘が折谷 総司と結婚していたという役員についての詳細と結婚、そして離婚の経緯。
最後に折谷 総司が退職するに至った流れの詳細」
『ち、ちょっと待って下さい会長。何があったんでしょうか?魔石エネルギー変換効率上昇技術の件についてとは、どういう事でしょう?まさかライバル社に漏洩したなどという事では...』
「その心配は無い...だがそんなレベルの話ではなくなってしまったがな」
『畏まりました、徹底的に調査してご報告致します...ですが、会長』
「なんだ?」
『今おっしゃった折谷 総司とは、私が覚えている限りだと、確か柊木常務の娘と結婚した男ではないでしょうか?』
「何だと?」
『会長は覚えていらっしゃいませんか?結婚の話を聞いた時、あれ程罵倒したではないですか』
「...あぁ、思い出し、た...」
――逆玉の輿狙いで役員の娘にてを出しおって!お前のような愚図がウチの社員だなんて反吐が出るわ!そんな風に育てた親の顔が見たいな!失せろ!!
「あ、ああ何ということを...」
『だ、大丈夫ですか?あの時の折谷の顔は忘れられませんよ。
会長が側にあった机を叩き割った時は、当事者でも無いのに私も震え上がりました...まぁ、ライバル社と予定していた政略結婚を台無しされた会長のお怒りも分からなくは無かったですが、ただ』
「...ただ何だ?」
『後から聞いた話によると、柊木常務の娘の方から折谷にアプローチした様ですよ。政略結婚から逃れる為だ、なんて噂も多少流れましたし』
「なん、だ...と?」
『直ぐに常務が
柊木常務は一応、彼を可愛がっていたようですよ?...体裁を気にするタイプですから』
徐々に血の気が引いていく...先程の
死すら覚悟させられた、あの殺気を思い出し、ガクガクと膝の震えが止まらない。
「そう、か...そうだったんだな...私は、部外者ではなかったのか。私はなんてことを...理不尽、そうだ!理不尽ではないか!恩を仇で返すなんて殺されても仕方ない所業じゃないか...」
『こ、殺ッ!?会長!大丈夫ですか?何が起きているんですか!?」
「あぁ、実はな―――」
九条は事の経緯を掻い摘んで右川に説明した。
『会長の恩人...〈隻影〉の二つ名で呼ばれた元S級探索者...
突きつけられる現実に言葉に詰まる。
『...会長、一つ疑問なのですが会長の恩人の方が相当な実力者なのは理解できます。ですが、個人が出来る事など知れているのではないでしょうか?』
「...半日、だ」
『半日?どういう意味でしょうか?...調査でしたらもう少し時間がか』「半日で皆殺しだ」
「もしも、時雨さんが我々を葬ると決めて行動に移したならば、我が社の人間や関係者は半日で皆殺しにされる...確実にな。例え警察や機動隊を配備して守りを固めたとしても意味がないだろう。
【〈隻影〉の通った後に、動くモノは残らぬ。絶対に敵対してはならない】
探索者は、皆が必ず最初に教わる事だった。
時雨さんにかかれば私など5秒ともたん。
そんな人が言ったんだよ。『赦せない』『理不尽を斬り刻む』、とな」
『...なんて事に、なんて
「...先程の件を、大至急調査して報告しろ。
最優先事項だ。
役員会議の段取りもしろ...不正をした馬鹿達を絶対に逃がすな」
『...分かりました、直ぐに取り掛かります。ではこれで失礼します』
――ピッ
『私達人類がお世話になった恩人の、たった1人の忘れ形見を苦しめる、そんな理不尽が罷り通る、糞みたいな世の中なら――
再び刀を取り、私が斬り刻んでやろう。
貴様も、貴様の会社の人間も、阿婆擦れも、小僧も、皆、一片のそれすら残さずにな。
――そして私が
〈東條 真也〉さんは私達探索者の憧れであり、目標だった。
常に前を走り続けるあの人を私達は必死になって追いかけた。
真也さんの隣には常に、美人で優しい裕子さんがいた。気が付いたら2人は結婚していて、あの時ばかりは真也さんに嫉妬したのは懐かしい思い出だ。
2人は分け隔てなく優しく、そして誰よりも正義感が強かった、いや...強すぎたんだ。
真也さん達や時雨さん、他の上級探索者達と立ち向かったあの〈大災害〉を止める為に2人は、自分達の命を微塵も躊躇わずに差し出してしまった。
あの時、父親と母親になったばかりだったというのに。
大災害の後、時雨さんは状態異常の攻撃を受けて意識が朦朧としていた為、2人を止めれなかった事に...自分の不甲斐無さに、そして世の中の理不尽さにキレてA級ダンジョンを1人で壊滅させ、探索者を辞めた。
私達上級探索者も悲しみに沈んだ。
我々を守り、人類を守った2人の喪失感を乗り越える事が出来なかった者達が1人、また1人と現役を退いていき、そして私も探索者を辞めて会社を立ち上げた。
私達は大災害後、状態異常から回復した時雨さんから2人の最期の言葉を教えて頂いた。
【――皆、生きてくれ。こんな
【――みんな、これからも頑張って生きるのよ。必ず生きて幸せにならなきゃダメよ。それでね、もし余裕があったらで良いから、愛しい私達の子の事を気にかけてくれないかな?私達の可愛い赤ちゃん...一緒に生きてあげれない駄目な両親でゴメンね】
何故、私は忘れていたのだろう。
あれから30年近くの時が経ったからなのか。あの大災害があれ以来一度も起きなかったから、などただの言い訳でしかなくて、私はいつの間にか記憶の片隅に追いやってしまっていた。
「私は殺されても仕方ない程のクズ野郎だ...だが自分で起こした事の落とし前は自分で必ず着けるッ!」
そう呟いた九条は、ゆっくりと煙草に火を点けた。
――
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