003 閉所、恐怖症なんです...。

 ヘローワークを出た足で立ち寄った喫茶店のカウンターで、アイス珈琲を一口飲む。

 少し混乱した頭がスっと落ち着くようで心地良い。


 良い豆を使っているのだろうな。香りも味も今まで飲んだ中でも上位に入る珈琲だ。

 狙わずに入ったにしてはだったな、何てかっこいい風に考えているとカウンター越しに喫茶店のマスターと目が合ってまった。


「美味しい珈琲ですね。私はそんなに詳しくはありませんが、とても美味しいと思いました」


 そう伝えると、マスターは笑顔で応えてくれる。


「それはそれは、有難う御座います。この時期は豆を使った物ですが、中々良い物でしょう?」

「ダンジョン産、ですか...」


 なかなかタイムリーなワードが出たな。


「えぇ。今の世の中ダンジョンで経済が回ってると言っても過言では有りませんからね。

 地球の裏側から輸入しなくても美味しい豆が手に入る時代です」

「便利な世の中、なのですよね」

「一概には言えないですねぇ。

 やはりダンジョンはダンジョンであって、便利なファームでも宝箱でも有りません。危険なモンスターが跋扈し、日々探索者の方達が切磋琢磨して攻略しているからこその恩恵にあやかっているのです。

 長年のエネルギー資源の問題もダンジョンから持ち帰る〈魔石〉が代替品となる事が判明した時は、それこそ世界が変わりました。


 皆、こぞってダンジョンに潜ったものです。

 しかし、その反面で帰らなかった人も多かったのも事実です。

 今の若い方々は《一攫千金》などと言いますが、そのような浮ついた考えでは生きては戻れないのが現実であり、ダンジョンなのです」


 なんだろう、マスターの言葉にを感じるな。


「やはり、厳しい業界なんですね、探索者って」

「お客様も探索者希望ですか?

 失礼ですが、それにしてはあまりにも...その、何と申しましょうか、覇気を感じられませんが」


 覇気なんかありませんよ、全く。


「これはただの愚痴なんですが...」


 誰かに聞いて欲しかったんだと思う。

 気が付いたらマスターに、離婚や会社からの不当な解雇、ヘローワークでのやり取りなどを一通り話してしまっていた。


「それは...大変で御座いましたね。ですが、尚更ダンジョン探索者になって活躍される事が、元奥様、元勤め先、ヘローワーク等を見返すチャンスでも有るかと思いますが?」


 いや、その、あの...、


「...閉所、恐怖症なんです」

「...はい?」

「閉所恐怖症、なんです私。狭い、暗いダンジョンに潜れる訳が無いかと思ってまして...」


 そうカミングアウトすると、マスターは可哀想な人を見る目でこちらを見ながら口を開いた。


「お客様は、勘違いをなさっておいでです。


 ダンジョンは、森や草原、砂漠や雪原。古代遺跡や現代風の街並み、どれをとっても閉塞的な空間は一切有りません」

「え!?マジ?」

「大マジです」

「ダンジョン全部?」

「私も見た訳では無いので聞いた話も含みますが」


 マスターの言い方に少し違和感を感じ、質問をする。


「まるでマスター自らダンジョンに潜った事があるような言い方ですね」


 マスターはにっこりと笑って応えてくれる。


「えぇ。こう見えて私も以前は探索者としてダンジョンに潜っておりました。

 まぁ、ちょっとドジを踏んでしまい怪我をしてしまったので引退しましたけど」

「そうだったんですね。それで説得力があったと言うか、真実味が伝わってきたのですね」



 それから、マスターに色んな話を聞いた。

 マスターが探索者をやっていた頃はこんな感じだったとか、手に入れた宝物で1番価値が高かった物(億越えしたらしく、それを元手に喫茶店を始めたらしい)の話とか。


 怪我をして引退したマスターだったが、探索者としては結構有名人だったっぽい。

 何か【二つ名】とかあったんじゃ無いんですか?って聞いたら「ふふふ」と笑って誤魔化された。やだ、カッコいい。


「ダンジョン潜ってみようかなぁ...」

「強制はしませんが、やってみて合わなければ辞めてしまえば良いのです。問題視していた閉所恐怖症のことも、ダンジョンを一度肌で感じてみるのも良いと思います。何か御座いましたら相談くらいは乗りますよ、

「何か、最近上手くいかない事が多くて気分が滅入っていたんですが、今日はかなりスッキリ出来て嬉しかったです。マスター、ありがとうございました」

「いえいえ。こちらこそ久々に楽しい昔話が出来ました。キチンと研修を受けるのと、装備は整えてから潜るんですよ?」

「あはは。何かマスター、私の親父みたいな事言いますね。あ、すいません。俺の両親は物心つく頃にはいなかったんですが」

「そう...ですか。では尚更、人生を精一杯生きていかなくてはいけませんね」

「そうですね。マスター、またお邪魔させて頂きます。今日はこれで失礼します。これ、お代です。珈琲、美味しかったです」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


ーーーカランコロン♫



◉喫茶店・マスター


 彼が出て行った後には、他のお客様の来店も無く営業を終了しました。

 

 彼との出会い...は私にとって、かけがえの無いものであり、とても大事な時間でした。


「総司君、大きくなったな...」


 かつての探索者仲間達の息子が来店し、人生相談をしてくれた。

 彼の両親を救えなかった私に...。


「今の彼には必要のない感情ですね...」


 誰も居ない店内で、煙草に火を点ける。


 随分と久しぶりに吸う煙草に私は、目頭が熱くなる。


「久々の紫煙は目に沁みますね...」


 いつの間に蝉達の聲が聞こえなくなっていた店内に、吐き出す紫煙が立ち昇っては消え、85㎜の紙巻煙草はゆっくり、ゆっくりと灰へと変わっていく。



折谷総司 ♂ age:30

job:無職(再就職に希望が!?)

skill:なし

title:×1

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