002 いえ、結構です。 

 色々身軽になってしまった翌日、これからの事を考えて〈ヘローワーク〉に向かう事にした。失業保険の手続きとかやらなきゃいけないし、無職のままも辛い。


 尚、マンションのローン返済は元嫁の親父さんから慰謝料として渡された金で一括清算した上、俺の物になる様に元妻側が共有財産の放棄という事にしてくれた為、有難い事に住む場所には困らない。


「このマンション結構気に入ってたからなぁ。元嫁達アイツらも流石にこの部屋では盛らなかったみたいだしな」


 ジーパンとTシャツに着替えて財布にスマホを持ち、未だ暑さの落ち着かない外の世界へと足を踏み出す。


「暑い...」


 そんな誰にも聞こえない程度の呟きがまだ夏を終わらせたくない蝉達の鳴き声で掻き消され、マンションの駐輪場に着いた頃には背中に張り付くTシャツに辟易としてしまう。


「もう9月も終わりに近いのに、暑過ぎだろ...もう少し時間ズラしゃよかった...」


 愛車のペダルを漕ぎ、比較的都心近くで購入したマンションからオフィス街の一角にある〈ヘローワーク〉まで15分程の距離を一気に走り切る。


「まさか自分がお世話になる日がこんな早く来るとはなぁ...〈ヘローワーク〉なんてふざけた名前しやがって!なんて昔は思ってたよ」


 ビルの入口近くの【ヘローワークに御用の方は2Fへ】の看板を横目にさっさと2Fに上がると、案内に従い各種手続き等を進める。


 一通り終えると、就職活動の相談や紹介、適正診断検査等をやってくれる行政サービスがあるみたいなので折角来たんだから受けてみるか、と受付機の番号札を取る。


「68番、折谷さーん、折谷総司さん、いらっしゃいますか〜?」

「あ、はい。私です」


 暫くスマホを弄っていると、係の職員に名前を呼ばれた為、スマホの画面を閉じて席を立つ。


「どうぞこちらの椅子へ御座り下さい。本日は就職活動の相談や紹介、適正診断の検査でよろしかったでしょうか?」

「えぇ、そんな感じです」

「では先ず、結論から言わせて頂きますと、現状、折谷様にご紹介出来る企業は0。その他適正診断検査を受けて頂いたとしても結果は変わらないかと」

「...は!?」

「ですので、現――」

「イヤイヤ、聞こえましたよ!全く無いってどういう事?それは流石におかしいでしょ?」

「誠に申し上げ難いのですが、先日までお勤めされていらした企業が原因かと。

 ダンジョン関連の企業としては日本有数の企業をその若さで退職、こちらの独自調査の結果はとの結果報告を受けていますので、他の企業を紹介するのが難しいのです」

「はぁ!?俺の方に問題があった?その独自調査っていうのはどんな調査をしたんですか?」


 ぐいっ、と前のめりになると、職員さんが身を逸らしながら淡々とした口調で続けた。


「調査内容についてはお答えできません。それに、あの様な大企業に睨まれては私共〈ヘローワーク〉も立ち行かなくなってしまいますので」


 マジかよ...あの会社、こんな汚ねぇ真似なんかするのかよ!


「心中お察しします、折谷様。こんなダンジョンが溢れる現代において、ダンジョン関連のチカラを持ったモノにはあらがえないのです。それがこの世の常で御座います」

「何だよそれ...」

「あ!そういえば。一つだけお薦めさせて頂けるお仕事がありました。基本的には自営業となりますが、完全出来高制。税金等は国が定めるランクで変わり、最高で免除。当たれば英雄ヒーロー、外せば破滅。正に《一攫千金》、そんな10代男子のなりたい職業第2位!


になってみたら如何ですか?


折谷様はまだまだお若いので頑張れば結構稼げるかも知れませんよ?うふふ」


 絶対に、今のセリフはあからさまに侮蔑が込められていたと思う。




 受付にそう告げると、そのまま〈ヘローワーク〉のあるビルから出て、近くに喫茶店を見つけたので足を向けた。


 その喫茶店の中は時間的なのか空いていた。


 中々お洒落で雰囲気のいいカウンターに座りマスターにアイス珈琲を注文して一息。


「ダンジョン....探索者..か。そりゃ男の子だから一度は憧れた事は..ある。でもな、でもよ、


 俺、なんだよッ!!


どんな地獄だよ、ダンジョンなんて...」


 前職の会社に嵌められた事への怒りや、

 受付の人に小馬鹿にされた事への悔しさよりも、

 頭の中にはダンジョン、狭い、暗い、怖いでいっぱいだった。


 店の外からは未だ死に物狂いで鳴き続ける蝉達の聲が僅かに耳に届いていて。


 気が付けば、背中の汗もだいぶ引いていてTシャツの冷たさに少しゾクッとしてしまった。



折谷総司 ♂ age:30

job:無職(再就職に難アリ)

skill:なし

title:×1

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