8月24日
第22話 8月24日 【1】
いつの間にか残り一週間になった夏休みの久々に部活のない一日。
自室の真ん中で二人で使うには少し小さい長方形の低いテーブルでラストスパートをかけるように朝から夏休みの宿題を行っていた。たまりにたまった藍子の宿題を。
「黄介……もう無理だよ……今日は終わりにしよーよ」
そう言って宿題が広がったままの机に空気が抜けた風船のように伏した隣の藍子を合図のように壁掛け時計を確認すると午後四時過ぎ。
『学校があったらちょうど授業が終わるぐらいか』
ふとそう思ってやり過ぎたかと思ったけど致し方ないと思う。これだけの時間教えながらやってようやく藍子の宿題の半分しか終わっていないのだから。
俺が部活に出ている間に自分でできそうなところはやるように毎日言ってはいたけど今日初めて進行状況を確認したら終わっているのが家庭科で出ている家での夕飯の調理、美術の絵、そしてよく分からなかったけど無駄に凝った自由研究、それしか終わっていなかった。
まだ読書感想文とかも残っているというのに数学とか国語とかのテキスト系の宿題なんて半分も終わっていなくてそれを見たとき親の気持ちが初めて理解できた気がした。
そんなことを考えていると不意に鳴った自分の携帯に集中力が完全に切れてしまってベットのふちへと移動し腰を下ろしながら枕元に置いてある携帯を確認するとそれは『るりさま』からのものだった。
『今日のお祭り藍子ちゃんと行きたいんだけど誘ってくれない? あ、黄介も来たいなら来てもいいけど。大丈夫そうなら会場の最寄り駅に現地集合で六時ね』
好きな人からのメッセージに一日中ペンを握っていた疲れすらも一瞬忘れかけたけど一転してついて行ってもいいかのかと悩む。前提としては行きたい、行きたいに決まっている。けどこの前三人で出掛けたとき藍子と瑠璃は結構仲良くなってたから藍子は二人で行きたいかもしれないし行ったら行ったで瑠璃に嫌な顔でもされたら最悪だし、と。
「うーん……」
「……えっ今日お祭りあるんだ! 黄介も行こうよ! ていうか誰? 瑠璃ちゃん?」
無意識に声を出しながら悩んでいるといつの間にか携帯の画面をのぞき込んでいた藍子に気が付いて反射的に画面を消す。『るりさま』となっている登録名を見られるのが恥ずかしかったから。
でも画面を反対から見たせいか名前までは気が付いていないようで一安心する。
「そうそう。ていうか俺も一緒に行っていいのか? 藍子を誘ってくれって話だけど」
「うんっ! もちろんだよっ!」
そう言うと藍子はどこかへ、多分祭りの会場へ行こうと場所も時間も分からないのに座っていた俺の手をグイグイと引く。
「まてまて約束の時間までまだあるから。ていうか藍子、そんなに元気なら……」
一度エンジンがかかった藍子を制御するのは容易ではない。今日なんて約束の時間までまだまだあるというのに。それが嫌なわけではないけどこの前七年ぶりに再開したときとか車でウチに来るときの車内でとか前例は色々あってこれから瑠璃との祭りを控えているのに体力を減らすわけにはいかなかった。藍子の宿題を見ていて疲れてもいるし。
だからそう言ってチラッと宿題が広がったままの机のほうを見ると急に目が合わなくなった藍子はお世辞にも上手だとは言えない口笛なんか吹いたりして宿題を片付け始める。
まあ本気で宿題をまたやらせるわけじゃなったけどこれでしばらくは大丈夫だろうと大人しくなった藍子を横目に一階へと向かい階段を下りた先にちょうどいた母さんに声を掛けた。
「母さん今日は藍子と祭りに行くから夜ご飯大丈夫」
「そう、いいわねーお祭り。人多いから藍子ちゃんの事気を付けてね。藍子ちゃんも気を付けてね」
「はーい!」
母さんの返事の後に気が付けば俺の後ろにいた藍子が元気よく返事をした。さっきのは徒労だったらしい。焼け石に水、暖簾に腕押し、馬の耳に念仏……ちょうど今日やった藍子の宿題に出てきたことわざが頭をめぐる。
「あっそうだ浴衣あるんだけど藍子ちゃん着てく? 私の昔着てたお古だけど」
「ホントですか! 着たい! 着たいでーす!」
母さんのその言葉に今度は文字通り俺の背中で手を付けられないほど藍子はテンションが上がり俺の肩を掴んでピョンピョンと跳ねている。
藍子の長い黒髪が鞭みたいに前の俺の顔にバシバシと当たるなか『やっぱまだ元気あるじゃん』と、そう思ったけど見なくても分かるほど喜んでいる後ろの藍子とそれを見て嬉しそうな母さんの顔を見て口にするのは野暮だなと思い母さんに藍子を引き渡し静かに自室に戻った。
「黄介ー! 準備出来たよー!」
それから自室に戻ってお気に入りの漫画のお気に入りの巻をちょうど読み終わったところで一階から隣で喋ってるのと変わらないぐらいハッキリと藍子の声が聞こえてリビングへと向かうとその藍子が俺を出迎えて。
「じゃーん! 似合ってるかな? どうかな?」
そう言って両手をピンと伸ばしちょっと動きづらそうにその場でトテトテと一周した藍子は髪を後ろで束ねたポニーテールでピンクの紫陽花模様の浴衣を着ている。
髪型を変えるだけで浴衣を着ただけでここまで変わるものなのだろうか。いつもと違う雰囲気の藍子に何も言えなくなってしまう。綺麗という言葉だけを残して記憶が無くなったみたいに。
それほど綺麗だった。そして衝撃的だった。それは初めて高梨瑠璃を見た時と__。
「なにー黄介黙っちゃって。まさか藍子ちゃん可愛すぎてなにも言えなくなったとか?」
「いや、その、まあ似合ってるけど」
でもおちょくるような母さんの言葉になんとか平静を取り戻して言葉を返したのに俺の感想なんかに喜んでくれた藍子が走って近づいて来て。
「おっと……大丈夫か藍子」
着なれてないだろう浴衣に体勢を崩すから咄嗟に藍子を抱きしめるように体で受け止めると。
「ご、ごめんね黄介」
受け止めた藍子は胸のなかでシュンとしながら上目遣いで言った。それを見てまた俺はなにも言えなくなってしまう。
そして一瞬なにかを思った。花火がついて消えるよりも速く一瞬なにかを。
「黄介……?」
それを思い出そうとしているとしていると体に受け止めたままだった藍子が胸のなかで不思議そうに言うので。
「あ、悪い! じゃ、じゃあそろそろ出発するか!」
その言葉に我に返り藍子を引き離すと俺は誤魔化すように少し大きな声を上げて足早にリビングを出て玄関に向かう。
さっきなにを思ったのか分からない。
だけどその
夏色 in @elephant_mashimashi
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