8月16日
第21話 8月16日 【1】
藍子と瑠璃と三人で出掛けてから早くも二週間が経った。それから瑠璃とは連絡をとっていないし部活が重なる日はあったけれど直接話すような、対面するような機会はなかった。
だからなのか。なにかをされた、なにかをしてしまった日の翌日のような
『もっと仲良くなれたらいいなって、なんだろ……補色関係みたいな』
補色関係、互いの色を引き立てあう相乗効果の関係。それは、俺への好意と捉えていいのかと。
昼頃から参加していた部活が午後六時を少し過ぎて終わり家へと帰るため乗って来た自転車が停めてある駐輪場に向かいながらその位置関係上にあるテニスコートを右手に歩きつつ不意に、いや多分故意に視線を向けるとフェンスの向こう側でせわしなく動いている瑠璃が視界に映る。
きっと部長の引き継ぎや後輩への指示に追われているのだろう。校則で決まっている部活終了の午後六時を過ぎても複数の後輩の元へ行ったり来たりしながらもその間、瑠璃の元にまた別の後輩が何人かやって来ていた。
『大変そうだな』他人事みたいに心のなかで呟きながらも本当に心配でついつい足を止めてその行方を追ってしまう。
俺達の通っている中学校には多分一般的ぐらいの種類の部活があるのだが女子は学年問わず大体テニス部に入っている。その部長をやっているのだから今、目に見えている以上に忙しいのだろう。
女子テニス部が人気である理由はよく分からないけど多分それを担っているのも瑠璃なのでは、そう思ってしまうほど周りから慕われていてよく動いていた。俺のことなんて考える暇もないほどに。
そんなことを考えているとテニスコートを囲うフェンスの手前一、二メートルで立ち止まっていた俺の近くを反対にフェンスの内側から近くを通った当の本人と目が合ってしまって。
「あっ」
ガラスのコップが思わず手から滑り落ちた時のような情けない声が勝手に瑠璃へと向かっていった。
目が合っただけならまだよかった。そのまま素通りすれば瑠璃のことを見ていたことに気が付かないだろうから。でも聞こえる距離で『あっ』なんて証拠を残した上にその場に立ち止まっていたからもうそれは誰が見ても明白で。
『今度こそなにか言われるな』そう思った。けれど瑠璃は俺に向けて胸のあたりで小さく手を振った後、キョロキョロと素早く最小限の動きで左右を確認しまた忙しそうにどこかへ駆けて行く。それはまるで周りに隠れて付き合ってる男女のようで。
今までこんな事は一度もなかった。なんだろうこのあからさまな俺への反応は。やっぱりそれはあの日からなのだろう。そしてあの言葉は俺への__。
「なに突っ立てるんですか」
「……いや、別に」
脳内で好意判定を下しかけたところで後ろから声がして振り返ると後輩の双葉が不思議そうな顔で立っていたので不審がられないように返答するも。
「あ、分かりました。女テニの子達見てたんですよね」
付け加えて『やれやれ……まったくこの先輩は……』と両手を逆L字にして分かりやすくあきれたような顔をする。双葉の態度に少しイラっとしたけれどあながち間違いでもなかったので否定できずにいると追撃が飛んで来てしまう。
「あとあの人、あの高梨先輩ですよね? 今先輩なんかに……手振ってませんでしたか?」
「気のせいだろ。それとなんかって俺の扱いだけ……まあいいか、ていうかなんでいるんだよ」
双葉が言っているのは先ほどの瑠璃とのことだろう。これも紛れもない事実だったが即座に否定した。双葉も瑠璃と同じタイプで後輩のくせによく俺をからかってきたりするから少しでも弱みになるような隙を見せないようにと。
「二年も駐輪場こっちじゃないですか。暑さで頭やられました?」
俺がそう返すと悪びれる様子もなく双葉は言い放つ。はたしてこれが引退している部活に手伝いで出ている先輩への態度だろうか。
俺自身好きで部活に参加しているのでそこに関してとやかく言う権利はないけれど双葉が他の三年にこんな態度を取っているのを見たことがない。良く言えば信頼されてるってことだけど悪く言えば舐められてるってことでもあった。でもまあうまく瑠璃のことから話題を変えられたのでよしとしようとした。けれど。
「それとものろけてて頭溶けてるんですかね。しっかり手振ってるの僕見てましたから。それにこの前二人乗りして背中にべったりさせてたのも」
「なっ……見てたのかよ!」
双葉はイエローカードのような疑惑ではなくレッドカードのような一発退場の証拠を振りかざしてきた。
「僕も帰る方向一緒なんですからそりゃ見ますよ」
確かにあの時顔面にボールが当たったからって保健室で休んでそのまま帰ったけど部活終了時間とほぼ同じだったし二人乗りがバレないように校門を出てから少し歩いたから片付けとかも含めてちゃんと部活が終わってから帰る双葉に追いつかれても不思議ではなかった。瑠璃と二人きりで帰れることで頭がいっぱいだったから当時の俺はそこまで頭は回っていなかったのだろう。
『なんでも言う事を聞く』と言う最後の切り札を使って他の人には、特にサッカー部の三年には言わないでくれと口止めしながら途中まで双葉と帰った。
藍子がウチに来てから俺の生活リズムは少し変わった。特に就寝時間が。
前までは夕飯を食べた後はリビングでそのままテレビを見るなり部屋でゲームとか漫画を読んだりたまに宿題をしたり勉強したりして大体十時に、遅くても十一時には寝ていたが藍子に合わせて九時までには寝るようになった。
と言うのも藍子がウチに来た最初の内はその生活を続けていたが藍子は俺とずっと一緒の行動をとっていて恐らくいつもはもっと早く寝ているのだろう毎日眠たそうにしているのに俺が寝るまで寝ようとしなかったから藍子に合わせて早く寝るようになった。
それを本人に言ってしまうと無理して大丈夫だと言いそうなのであくまで自然に行っている。
そして今日も部活から帰って来て夕飯を済ませてからテレビを見て風呂に入り九時前頃に自室のベットで寝ようとリモコンで部屋の照明を消そうとすると。
「黄介っ! 一緒に寝よっ!」
藍子が俺の部屋の扉を開けこれから寝ようとするとは思えないほどの声量で言った。
急いで風呂を済ませたのだろうか藍子の長い黒髪がところどころ半渇きになっていて目のやり場に困りながらもいつもと同じように言葉を返す。
「ダメだって。自分の部屋があるだろ」
「じゃあしょうがないね、じゃんけんだね」
一体なにがしょうがないのか分からなかったが真剣な顔つきで左拳を前に突き出す藍子に合わせて俺も拳を突き出す。
でもこれもいつもと同じ。
そして藍子はそのまま拳のグーで俺が開き手のパー。結果は火を見るよりも明らかだったが。
「んー! 今のナシ! もう一回っ!」
藍子は悔しそうにそう言って再び拳を素早く振るう。それに俺は一ミリも慌てることなく拳を振るった。なぜなら藍子の次の手がグーだと分かっているから。
理由は分からない。一回目に出した手を連続で出さないだろうという心理戦なのか天文学的確率で三分の一のグーを出し続けているのか、はたまたグーを出し続けているのに気が付かずに出しやすいグーをついつい出してしまっているのか。
多分理由としては三つ目なんだろうけどコンピューター相手にならまだしも人間相手にはそうはいかない。
……でも五回目で負けた。藍子が出す手を変えたんじゃなくて俺が出す手を変えて。理由は単純に藍子が勝つまで挑んでくるので俺が根負けしているからだ。藍子と一緒に寝たいと思ってるからとかではない、決して。
「今日も私の勝ちだったね!」
気が付けば藍子はもうベットに入って来ていて勝ち誇ったように言った。かと思えば次の瞬間には眠たそうな顔で小さくあくびをするので俺はリモコンで部屋の照明を消す。
「「おやすみ」」
同時に言い合って一枚の薄いタオルケットをお互いに被る。そして俺は藍子に触れないように見ないようにベットの壁際に体を向けそして寄せながらふと思う。
『この日常がずっと続けばいいな』
それが自分が抱えている気持ちと矛盾していることに気が付かないまま。
そして離れたはずなのにいつの間にか背中に感じる藍子の熱と一緒に瞳を閉じた。
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