第6話 凶刃の折れるとき
ナイツを出迎えたのは形相を歪めたリュウゾウだった。リュウゾウの体当たりを食らって、ナイツは再び細い路地に押し込められる。
息を詰まらせたナイツが呼吸を整えてから詰問する。
「サンをどこに連れていった?」
「貴様が知る必要はないね」
リュウゾウが問いを退けると同時に、その両手が刃物を握った。右手には幅広な片刃の短刀を、左手には細長い刃を掴んでいる。
「小生が、サンを切り刻んでやるよ。あの柔らかそうな肌を見たぞ。貴様はあの味を知っているのか。小生は、これから味わうことになる。あの肌に、この切っ先を……」
みなまで言わせず、ナイツが銃口をリュウゾウに向けた。
リュウゾウが左手の刃物を投擲する。その刃はナイツの顔目がけて放たれていた。
刃はその表皮に触れることなく、〈
リュウゾウはその隙を狙ってナイツに肉薄。踏み込みざまに右手の短刀を振り下ろす。
ナイツはその鋭利な先端を銃身で受け止めた。だが、リュウゾウはそこまで読んでいる。
リュウゾウが足を蹴り上げ、その爪先がナイツの手を直撃。その手が握っていた拳銃が弾き飛ばされた。
愛銃の行方を目で追ったナイツの瞳は、中空から下がるとリュウゾウの背後で静止する。ナイツの拳銃はリュウゾウの後方に落下していた。
「どうする? お前は銃が無いと何もできないのだろう?」
「くっ!」
ナイツが両拳を胸の高さに構えたが、その姿はリュウゾウと比べると如何にも頼りなげに見えた。
リュウゾウの面に喜悦が浮かび、再び腰元から抜き出した刃物を左手に握った。
「その体たらくでは、サンは小生が頂くことになるね」
「ここで食い止める」
「ふん。雇われてもいないのに、サンにそこまでこだわる理由が分からないね。……お前にどんな顔を見せていたが分からないが、サンは平気で人を虐めるだろうよ」
「……何を?」
「小生は少女なら誰でも好きだが、とりわけサンのような黒髪の娘は好きだね。小生を虐めていた、あの女と同じ髪の色をした少女を殺すときが、とりわけ興奮するからね!」
リュウゾウが踏み込みざまに左手の刃を揮う。縦横に刻まれる銀光が迫り、何とかナイツが身を躱した。
攻撃を外したリュウゾウに隙を見出し、ナイツが拳を突き込む。と、慌ててナイツがその腕を引っ込めた。
リュウゾウの手が翻り、刃が宙を走ったのだ。ナイツが気付かずに腕を伸ばしていれば、その刃に切り裂かれていただろう。
隙に見えたのはリュウゾウの誘いだったらしい。
リュウゾウが両手を閃かせるたびに、刃物が宙に白い光芒を刻む。その光に触れないようにナイツが身体を泳がせて回避し続けた。
ナイツが防御に徹したことで決定打を与えられないリュウゾウは、戦いに転調を加える。
ナイツの視界を眩惑するように右手の短剣を揺らめかせ始めた。揺れ動く切っ先が攻勢に転じる瞬間を見逃すまいと、ナイツは意識を鋭利な先端に集中させる。
いきなり跳ね上がったリュウゾウの足がナイツの太腿を襲撃。体勢を崩したナイツに向けて一条の光が走り、その光がナイツの肉体と交わった点から赤い鮮血が飛んだ。
ナイツが斬られた左肩を押さえる。その指の隙間から細い血流が溢れ出した。
勝利の確信を深めたリュウゾウが嗜虐の笑みを浮かべる。
「サンは小生のものだ。あの柔肌に、まず刃の先を押しつける。そうすると、小さい血の玉が浮かぶ。それを何回も繰り返して、女の反応を楽しむ。その次に、薄く切れ目を入れるんだ。最初は、どこがいいかね」
「そんなことはさせない」
「そうだ。内股にするか。いい脚をしていたね、サンは」
「させないと言っただろう!」
ナイツが語気を荒げるが、リュウゾウは余裕を保ったままだ。いよいよリュウゾウの顔が狂的な色を帯びる。
リュウゾウは両手の凶刃を疾走させてナイツの生命を刈り取りにきた。
鋭利な先端の奔流から辛うじて身を躱すナイツが意を決する。
ナイツが反撃に転じて
ナイツの足が直撃した拍子に、リュウゾウの左手から刃物が弾き飛ばされた。
動揺したリュウゾウの動きに遅滞が生じる。ナイツは足を路面に着けて踏み込むと、さらに右蹴りを見舞う。その一撃がリュウゾウの胸板を捉えた。
後退するリュウゾウへとナイツが追撃をかけ、突くように左足が繰り出される。その靴裏が激突する寸前、リュウゾウが右半身になって回避。
伸ばされたナイツの左足を脇に抱えるように掴むと、右手の刃を突き立てようと振り被った。
珍しくナイツの反応は水際立っていた。
ナイツは右脚だけで跳躍すると、空中で身を捻ってリュウゾウの側頭部を右足で蹴りつける。この一撃が見事に決まり、その衝撃でリュウゾウは弾かれるように横の壁に叩きつけられた。
「痛!」
思わず漏らしたのはナイツである。慣れない動きのせいで受け身がとれず、まともに身体を石畳に打ち付けたのだった。
頭を振ったリュウゾウが眼を血走らせてナイツへと突撃する。
「もう油断しないよ!」
リュウゾウにも意地があった。瞳を怒気と怨嗟の坩堝にし、右手の短刀に体重を乗せて突き出す。他者の生命を最短距離で狙う、地味だが恐ろしい一撃だった。
自身の生命目がけて走る刃先を紙一重の差でナイツが避ける。リュウゾウは勢いを減じずに突っ込んできた。
リュウゾウの駆け引きは続いていた。
いつの間にか、リュウゾウは左手に短剣を握っていた。その刃が獰悪な輝きを放ちながらナイツの喉元へとひた走る
死神の鎌はナイツへと振り下ろされるかと思われたが、ナイツは死の招待状を拒否。
ナイツは自ら踏み込むことで刃の軌道上からその身を外す。ナイツの首の皮一枚を切ってリュウゾウの刃が後方へ流れた。
驚愕に双眸を見開いたリュウゾウの瞳のなかで、ナイツの姿が大きくなった。
一瞬後、鈍い音を上げて頭突きが炸裂し、リュウゾウが身を仰け反らせる。無防備になったリュウゾウの顔面へと、ナイツの渾身の右拳がねじ込まれた。
弾き飛ばされたリュウゾウが、それでも倒れずに踏み止まる。
必死の形相で前を向いたリュウゾウが目にしたのは、跪いて地に片手を着くナイツの姿。
「ははッ! やはりお前も限界らしいね。この決着は……」
「この拳銃が着けてくれるようです」
物静かに言ったナイツの手には愛銃が握られていた。
リュウゾウの顔が痛恨に歪む。知らぬ間に、拳銃が落ちていた場所まで後退させられていたのだ。
悪あがきのように、リュウゾウが短刀を投擲しようと右手を振り被る。
「あの女は小生のものだ!」
「ほざくな」
ナイツの指が引き金に力を加える。
銃声とともに冷やかな殺意を凝縮した銃弾が射出され、リュウゾウの額を撃ち抜いた。リュウゾウの頭部を貫通した弾丸が後ろの壁面を穿ち、血飛沫が極彩色の点描を施す。
背中を壁に預けて座り込むようにリュウゾウが崩れ落ちた。首を前に垂らし、その見開いた両目は空虚を湛えて死の深淵を見つめている。
ナイツは気の昂ぶりを静めて左右を見渡した。幸いにも目撃者はいないようである。不慮の戦闘だったため、他者の存在を気にする余裕はなかったのだ。
ナイツは足早に現場を去る。
人目に触れていなくても、この騒動を耳にして誰かが警察に通報しているだろう。急いで移動しなければならない。
逃走するだけでなく、ナイツは連れ去られたサンを追わねばならなかった。車に乗せたサンを、敵はどこに運んだのだろうか。
ナイツには見当がつかなかったが、頼れる恩師、ジアの言葉が脳裏で反芻される。ナイツが殺し屋の特訓のために一年を過ごした、あの隠れ処の所在を敵が知っているという。
手がかりは他になく、ナイツはジアの助言に縋るしかない。
細い路地から出たナイツは、隠れ処までの交通手段となる車を目線で物色し始めた。
そのとき、ナイツの横に古い型式の赤塗りの車両が止められる。
「あら、お兄さん。車をお探しなら乗っていけば?」
窓から顔を覗かせてそう言ったのは、紅茶色の髪をした美女だった。
緊急時だというのにナイツの返答が一瞬だけ遅れたのは、それが理由だったのだろうか。
「……いえ、急ぐので」
「急ぐのだったら、なおさら乗ればいいのに」
「しかし、そういうわけにもいかなくて」
歯切れの悪いナイツの返答を受けて女性の面が冷笑を刷いた。
「……女性の申し出は素直に受け入れるものだ、ナイツ。神の声ほどではないにしろ、な」
「な、まさか……?」
表情を硬直させたナイツへと、女性が手に持った道化面を見せる。
「安心しろ、ナイツ。私はお前にサンを傷つけないと誓っただろう?」
その声を聞いたナイツは困惑しながらも、その車両の助手席の扉を開けた。
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