第7話 終焉と開幕を告げる凶弾

 隠れ処に帰った自分を先生が出迎えました。


「ふうん。ちゃんと生きて戻ってきたの」


 初めて殺人を犯して蒼白になった自分の顔色を見て、先生が笑います。


「勉強してきたようだね。シンタはあんたと似ていると思ったんだ」


 先生は、これから自分のことを叔父に紹介すると言いました。

 シンタを討ち取った実績は、レンヤ・ヨナイに恩を着せて手駒とさせるに十分だと。


「あの男、きっと驚くよ。いや、それよりもトウコの無表情が崩れる方が見物だわ。楽しみだねえ。さ、行こうか、あんた」

「先生」

「何さ……?」


 どうも自分の形相が尋常でなかったのか、先生は鼻白んで身を引きました。

 自分が〈叡智〉を発現させたとき、直感した単語を自分は口にします。


「〈夜の沈黙ナイツ〉です」

「な、何が?」

「自分のことは、ナイツと呼んでください」


 それから数時間後、自分は〈天道社〉の本社に案内され、先生によって叔父の面前に引き合わされていました。


「い、生きていたとは幸運だったな。ああ……」

「今は、ナイツと呼んでやりなよ」

「そ、そうか。じゃあ、ナイツ。この一年辛かっただろうが、気を落とすな。シンタを排除して、ジアがお前を推薦するのだったら、俺は使ってやらんこともないが……。なあ、トウコ。お前の意見は?」

「は……。私も異存はありません」


 これは後々まで先生が酒に酔うと引き合いに出すことですが、あのトウコ・カゲヤマが社長である叔父に話題を振られ、惑乱して肩を竦めたのはあれが最初で最後でした。


「よかったね、ナイツ。いいってさ。これから精励しな」

「はい。頑張ります」


 その瞬間から、自分は殺し屋ナイツとなりました。






 そこまで語り、ナイツは飲み乾した容器の底を見つめていた。


「辛い話をしてくださって、ありがとうございました」


 サンが感謝を述べると、ナイツは酒精に毒されただらしない笑みを浮かべた。


「いいんです。酔った勢いの戯言ですから」


 ナイツがそう言って長椅子の背にもたれかかった。その双眸は焦点を移ろわせて目前の空間をさまよっている。


「つまらなかったでしょう。暗い話ばかりだったから」

「いえ、そんなことないです」


 サンがかぶりを振ったのを、薄暗い視界のなかでナイツは見えただろうか。その暗さに初めて気づいたように、ナイツが明かりを点けるために立ち上がった。

 壁面の端末をナイツが操作すると、照明の光が室内に満ちる。ナイツが振り向き、そこで思いつめたようなサンの表情に出会った。


「私も、ナイツに話さなければいけないことがあります」

「どうかしたんですか?」


 酒の酔いがナイツを砕けた調子にさせている。

 緊張したようなサンは、ナイツが素面のときにその話題に触れようかとも考えたが、今このときに話そうと意を決した。


「ナイツ、実は私があなたに近づいたのは……」


 何気なく窓外を見やったナイツが急に血相を変えてサンを押し倒し、サンの言葉を強制的に遮った。

 ナイツの突然の凶行に悲鳴を上げかけたサンだったが、その口唇から声が放たれる前に、別の騒音が響き渡る。


 甲高い音とともに窓が砕け散り、細かい破片が照明を反射しながら光の飛礫となってナイツの背に降り注いだ。ナイツの下でサンが身を竦ませている。

 すかさずナイツが窓の脇に身を移し、半面を覗かせて様子を窺う。向かいの建物の屋上で身を翻して逃走した人影をナイツは認めた。


「ナ、ナイツ。今のは……?」

「狙撃されたんです」


 ナイツが床に視線を落とす。そこには木製の板に穿たれた小さい穴があった。


「目的は何だったのでしょうか。いや、狙いは自分だったはず。サン、怖い思いをさせてすいませんでした」


 サンは答えなかった。

 普段は闊達なサンが顔を青ざめさせて俯いている。それは単純な恐怖のためではなかったものの、そこまでナイツが読みとれるはずもなかった。


「サン、大丈夫ですか。サン?」


 ナイツの問いかけにも応じることなくサンは硬直したままだった。

 困惑したナイツは、すでに消え去った刺客の影を求めるように再び窓の外を眺める。


 その瞳には、色濃い恐怖が刷かれていた。

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