第6話 殺し屋の独白、彼の道は黒く彩色された
初日を移動と情報収集に費やし、二日目は探索で使い果たしました。三日目の夜、自分は彼と出会いました。
「この俺を殺すつもりなのかい。君は」
黒い髪と暗夜のような黒い瞳を持ち、陰鬱な面をした青年です。細い線の身体つきでも、油断ならない弾力性をその物腰に秘めていました。
細身のジーンズと黒い
狭い路地で背後から拳銃を向ける自分に対し、その男は半面を振り返らせています。
シンタ・キジマ。写真で目にした標的の面相に紛れもありませんでした。
……え、似ている? 自分とシンタが? 止めてください。自分はあんなに陰気ではないです。茶化さないでください。
「もしも殺したいんだったら、すぐに撃った方が賢かったね」
相手を苛立たせるような口調でシンタが言いました。
例に漏れず、自分も精神を逆撫でされます。引き金に当てた指に力が加わりますが、本能的に指を止めました。
「俺を殺すつもりなのに、撃てないんだな。何か迷いがあるんだ」
嫌なことばかり突く言葉をシンタは放ちます。
「自分はあなたを殺します」
「ああ。敵に話しかけるということは、殺し慣れていない奴の証拠だな。横道に潜んでいたときに気づいてはいたが、殺気が甘いんでこの俺も戸惑っていたんだ」
「気づいていたんですか?」
「まあ、ね」
シンタは会話をしながら、さりげなく足の位置を変えていました。それを看取することができなかったのは、自分の落ち度です。
シンタが上半身を沈めざまに足を後方に蹴り上げました。その踵が自分の手首を直撃し、その照準を天空へと強制的に変更させます。
拳銃が暴発して一条の朱線を天に駆け上らせ、その残響が長く自分とシンタの耳朶を震わせました。
身を翻して向き直ったシンタの脇腹へ爪先を跳ね上げましたが、簡単にシンタの肘で打ち落とされました。
シンタが拳を突き入れてきます。自分は両腕で防御しようとしましたが、その拳が霞むほどの速さの攻撃に対して間に合わず、腕を弾かれて頬を殴打されました。
目が眩んだ隙を逃さず、シンタの両拳が左右から打ち込まれてきます。防ぎきれずに、胴体と頭部を乱打された自分がたたらを踏みました。
格闘が苦手だというのが言い訳にならない力量差でした。これが〈聖別〉によって強化された肉体かと痛感しました。
その痛打に喘ぎつつ銃口をシンタに突きつけようとしましたが、シンタは手刀で拳銃を叩き落しました。地に落ちた拳銃が転がります。
丸腰となった自分をシンタが容易く圧倒しました。目を見張った自分の額に頭突きを送りつつ、足払いをかけられました。倒れ込む自分の胸部へと、最後の肘打ちが落とされました。
石畳に打ちつけられて肺から呼気を押し出したとき、シンタは自分の腹部を踏みつけて身動きするのを封じています。
「この程度の腕でこの俺を狙うなんて、その愚かしさが哀れだ」
手を伸ばして拳銃を拾おうとしても、その指先は相棒まで届きませんでした。
自分が無様に足掻くのを見て、シンタは笑いました。
嗜虐も嘲りも含まれていない、純粋な笑いです。シンタにとって、目下の光景は感情を動かすにも値しないものだったのでしょう。
「金か恨みか。どちらにしろ、命を失うにはつまらない理由だと思わないか」
「自分があなたを狙った理由は違います」
「そうか。聞かせてくれるかな」
「生きるためです。あなたを殺す以外に、自分の生きる道がない」
シンタは特に感銘を受けた様子もありません。
「なるほど。あまり面白くもない答えだった。それなら、失敗した以上は死ぬしかないだろうね。これからの生に伴う、なだらかに続く苦痛と、今の一瞬の苦痛で死ねる幸運なら、後者の方が得だと君も思うだろう」
「それは、これからの生に伴う喜びと、今ここで死ぬ不運と、どちらが重要か自分に納得させてから言ってもらいたいことです」
「詭弁家だな」
シンタの手が腰の後ろに回り、再び手が出てきたときには拳銃を握っていました。その銃口が向けられ、自分は総身を粟立たせます。
「殺す人間とこんなに話したのは初めてだ」
その一言を零したシンタは、拳銃の引き金にかけた指に力を加えます。
それが死への恐怖か、生への執着がさせたのか判別できません。自分は〈叡智〉を発現しようとしました。
以前に先生が言ったことが脳裏に蘇ります。生まれつき備わっている能力を嫌でも自覚することになる、と。
このとき自分は、自身の〈叡智〉と直面していました。
銃声が呆気なく夜闇に吸い込まれたように感じたのは、その後の静寂があまりに重々しかったからかもしれません。
自分に放たれた弾丸は、その額を穿つ寸前に停止していました。
瞬時の浮遊を経ると重力に従って弾丸が落下し、石畳に当たって澄んだ音を奏でました。
「〈叡智〉持ちだったのか⁉」
予想外のできごとに動転したシンタの足を腕で払い、彼がよろめいた隙に乗じて自分は身を起こしました。愛銃を手にして振り向くと、シンタも体勢を整えて拳銃を構えています。
二人の視線が交差し、両者の銃口は互いの肉体を延長線上に捉えています。
その瞬間、発砲音が重なりました。
自分とシンタは鏡写しのように同じ姿勢をとっていたと思います。異なっていたのは、その反応でした。
再び〈叡智〉を発現させた自分の手前で弾丸が無力化されたのに対し、シンタの左胸から鮮血が迸ります。
その致命傷を負ってもシンタは怯みませんでした。よろめきつつも照準を定めようとするシンタへと、自分は銃を連射しました。
自分が射撃を止めたのは落ち着きを取り戻したからではなく、標的を見失ったからです。
荒く息を吐いた自分の前で、全身を血染めにしたシンタが倒れていました。
「やられたな。まあ、
シンタの声はか細かったものの、口調はしっかりとしていました。
「だが、いずれ君もこうなる。この俺の今の姿は、未来の君の姿だ。俺と君は同じ道を歩み、同じ末路を辿る存在だ」
「覚えておきます」
シンタの口唇から血泡が飛びます。その瞳の光彩は徐々に弱まっていきました。
「君は生きるために俺を殺すと言ったね。でも俺達は生きるために呼吸し、飲食し、眠るわけじゃない。それら自体が生きるということなんだ」
その血汐とともに生命力を喪失しながら、シンタは最後の一言のために恐らくは全霊を注いでいるようでした。
「君にとって、心ならず他者を殺すことも生きることの一部だ。俺にとってそうであったように。そしてその運命に抗い続けるしかない」
シンタは少し休むように目を閉じました。
自分はシンタの言葉がまだ続くと思っていたので、その沈黙の長さに不審を感じて声をかけてしまいました。
「あの……?」
シンタの応答がなかったことで自分は気がつきました。シンタがすでに死んでいることに。
苦痛と無縁の境地に旅立ったシンタを残し、自分はその場を去りました。
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