第3話 殺し屋の独白、師となった美女
さ、どうぞ。
あ、サンの足元にネズミが。驚かないんですか。……もう慣れた?
エサでもやってみますか。この間、サンにもらったお菓子が残っていますから。
ああ、それはすみません。いや、とにかくエサをやらないと帰りませんよ。そいつは。
ネズミといえども愛着が湧くものでしてね。居つかれても困りますが。
さて、続きですが、どこまで話しましたか。
あ、そうそう。自分が殺し屋となるきっかけまででした。
家族の死体と家族を殺した実行犯であり、妙な成り行きで死んでしまった男が横たわっている実家が炎に包まれるのを目にして虚脱した自分は車に乗せられていました。
助手席から呆然と横を見ると、この現状を作り出した張本人である女が操縦環を握りながら頭部の覆面を外しているところでした。
黒い布の下から現れたのは綺麗な容貌をした女性です。陽光をそのまま髪にしたような眩しい金髪が、背中や胸まで螺旋状に伸びていました。焦げ茶色の瞳が美しく、少しだけ目を奪われたのを覚えています。
……はい。少しじゃありませんでしたが。
自分達を乗せた車両はユウツゲの本都市から出て郊外の森林を過ぎ、どこかの山中に入りました。恐らくは四時間ほど車を走らせたでしょう。
山間にある盆地のような場所に廃墟が建っていました。元々どのような目的で使っていたのか分からないような建物です。
その廃墟の前で車を止めると、彼女は言いました。
「はい、降りて。あれが当分のあんたの住処だ」
案内されて入口をくぐります。内部は倉庫のように開けた空間になっていて、奥に幾つかの扉があるだけでした。鉄製の壁面と
清潔で便利な生活に慣れた自分にとって、この埃っぽくて無機質な場所は到底我慢できず、不平を鳴らしました。
「こ、こんなところで暮らせって言うのかよ」
そう言った途端、頬に衝撃が加わって自分は倒れました。口中が切れて鋭い痛みと鉄の味が舌の上に広がります。
「何すんだよ……!」
「私に話しかけるときは、まず敬語でね。まだ教えていなかったけど、私の名前はジア。だけれど、あんたは先生って呼びな」
「何だよ、急に。どういうつもりで……」
ジア、いや、今でも先生と呼ばせてもらいますが、先生の爪先が腹に突き込まれ、激痛と嘔吐感に襲われた自分は身を捻ります。
「分かったかい、少年」
「分かり……ました」
砂埃のある床で芋虫のようにのたうち回った自分の呼吸が幾分か落ち着いてから先生が尋ね、自分の答えは彼女を満足させたようでした。
「ん。結構。それで、あんたは〈叡智〉については知らないんだね」
自分が首肯すると、先生は〈叡智〉について説明してくれました。
〈叡智〉には直喩型と隠喩型の二つの種類がある。直喩型が単一の能力しか使用できないのと異なり、その上位に位置づけられる隠喩型はその発現形態に多様性がある。
隠喩型の能力は、その能力を簡単に定義づけできない。
自分の隠喩型の〈叡智〉を例にしますと、『殺す』能力となります。隠喩型は抽象的な能力の発現をするため、多様な事象を起こすことが可能なのです。
最初に発現した銃弾を無力化したのは力能の一つに過ぎず、〈叡智〉を鍛えればさらに多くの現象を引き起こすことができるということでした。
「俺はその特別な能力があるから、助けてもらえたんですか」
「そういうこと。あんたが銃弾を防いだのは、その能力のおかげだよ。訓練すれば、もっと能力を応用することができるようになるさ」
「でも、俺は〈叡智〉の使い方なんて分かりません」
自分が恐々そう反論し、先生は自分の危惧するさまを嘲笑うように頬を歪めました。
「そうだろうね。あんたは無意識に〈叡智〉を発現していたんだ」
「どうやったら思い通り使えるようになりますか」
「無理することはないよ。呼吸や
脅すような返答に自分は押し黙りました。
「目下のところ、あんたにはここで生活してもらうよ。それに色々と覚えてもらうこともあるからね。この隠れ処は〈天道社〉の連中は知らないから、身の安全だけは保証してあげるよ」
「はあ。どれくらい隠れていればいいんですか」
「最低でも一年かなあ」
「一年!」
自分は先生の面に冷笑が刻まれるのを目にし、慌てて口を噤みました。
「あんたとその家族が命を狙われた理由も教えてやりたいけれど、いきなり情報を詰め込んでも混乱するだけだろうし、その話は今度だね」
先生は奥の扉がそれぞれ寝室と武器庫、地下にある食糧庫への入口だと言いました。その他にも扉がありましたが、先生が言及しなかったので空き部屋か、もしくは知る意味のないものだと思われました。
「もう私は帰るから」
「俺を一人だけにするんですか?」
「やだ、一緒に寝てほしいの、ぼくちゃん?」
冗談めかしていましたが、先生の口調に突き放す響きがあったので、自分は俯きました。
「次に私が来るのは五日後くらいになるかな。それまで自主練習で身体を鍛えておきな。最後になるけど、これがあんたの相棒だよ」
先生が放り投げたものを、咄嗟に自分は受けとりました。
何だか指先の熱が奪われそうなほど冷たい輝きで、黒光りというよりも光を吸い込んでしまう闇のような表面です。漆黒の肌をして無愛想な趣の、それは拳銃でした。
「その拳銃は〈無名の銃〉という名前。これから、あんたの相棒になるのだから、仲良くやんなよ」
「相棒……」
「耐えきれなかったら、それを自分に向けても構わないよ。……まあ、死体は見飽きているから、できれば生きた顔を拝みたいもんだね」
そう言い残して、先生は出ていきました。
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