第二章 優しく私を殺して

第1話 血塗られた絆の師弟

 季節は冬を背中にして春へと足を踏み出していたが、深更の夜気はまだ肌に冷たかった。

 大地を照らす月明かりは嘲笑のように冷然とその青年に注がれている。


 その青年、ナイツは都市国家ユウツゲの郊外にある廃墟の裏手に佇んでいた。

 ナイツの面に浮かぶのが普段の陰鬱さだけでなく、冷徹な殺し屋の表情をしていることからも、今夜の彼の目的が分かる。


 今夜、ナイツは殺し屋の師であるジアの手伝いをしているのだった。〈天道社〉社長のレンヤの生命を狙うために雇われた刺客、十余名を襲撃して殲滅することが任務である。

 そうは言っても、戦うのは正面から廃墟に突入したジアであり、ナイツは裏口から敵を逃がさないようにするための補助的な役割だった。

 腕時計を見下ろしたナイツが呟く。


「そろそろですか」


 その言葉が終わると同時、廃墟から怒号と銃声が轟いた。ジアが戦闘を開始したのだ。

 ナイツが裏口の錠前を銃撃して屋内に入る。

 廃墟は何かの店舗だったらしく、裏口から入った室内は従業員が使用するための部屋なのか狭かった。表の方からは男達の声が断続的に響いてくる。


「相手は女一人だ! 押し包め!」

「クソ、怪物かよ⁉ あの女!」

「駄目だ! もう三人もやられちまった!」


 様子を窺うナイツの前に二人の男が現れる。裏口から脱出しようとしたが、そこにもナイツがいたことで二人は驚いたようだった。


「こっちにもいやがるぞ!」

 坊主頭の男が発砲したが、銃弾はナイツの肉体に触れる寸前に推進力を失って落下する。

 射撃を外したと思った坊主頭ともう一人の長身の男が銃を連射しても、弾丸の群れは一発もナイツの身を害することは無かった。


 ナイツが返礼の銃撃を見舞い、坊主頭が胸から鮮血を迸らせて倒れる。形勢不利と見た長身が物陰に隠れた。

 従業員が使用していたらしい机の陰に隠れた男が声を張り上げる。


「てめえ、何で銃が効かねえんだ⁉」

「秘密です」

「ふざけやがって!」


 ゆっくりとナイツが近づくと、机の陰から長身の男が飛び出してきた。咄嗟に銃を向けたナイツの腕に男の蹴り上げた足が直撃し、暴発した拳銃が一瞬だけ室内を白く染め上げる。


 天井に空いた穴から降り注ぐ破片を浴びて男が拳を振り抜いた。ナイツは腕で防御したが、その衝撃で上半身が揺らぐ。

 隙だらけのナイツの腹部に男の爪先がめり込み、弾かれたようにナイツが後退、背中を壁に打ち付けた。


 長身は銃を連射しながら出口へと向かうが、銃弾はナイツに命中しなかった。咳き込みつつもナイツが銃を発砲、長身の左肩に夜目にも赤い花弁が咲いた。

 たたらを踏んだ長身へと数発の弾丸が食らいつき、男は裏口の横の壁に背を預けて腰を沈める。それでもナイツは油断せずに銃を構えて男に近寄ると、その生命が虚空へと消えたことを確かめた。


「こっちも終わったみたいね」


 ナイツが目を向けると、通路からジアの姿が現れる。

 いつの間にか廃墟は再び静けさに呑まれていた。ジアが相手にしていた敵はすでに全滅したらしい。


「ま、二人も仕留めてくれたら上出来だね」


 ジアは無造作にナイツの頭を撫でる。


「でも、あんたは能力に頼り過ぎだよ。〈叡智〉のおかげで銃が効かないと言っても、格闘がからきし・・・・なのは相変わらずだからね」

「はあ、すみません」


 ジアの言葉通り、ナイツに相手の銃弾が効かなかったのは彼の有する〈叡智〉によるものだった。ナイツもまた異能である〈叡智〉を所有しているのだ。

 ナイツは頭を下げると血臭の満ちる室内を嫌って外に出る。ジアがそれに続いた。

 人を殺した後の罪悪感を紛らわせるように、冴えた夜の空気を吸うナイツの横にジアが並んで肩を寄せる。


「今夜は助かったわ。報酬の分け前は当然として、若い青年には何か他にお礼をした方がいいのかな?」


 戦闘の後で興奮しているせいか、上目遣いをしてくるジアの顔は上気している。

 ジアのことは敬愛しているが、殺人の後でも平気な素振りをしているところは受け入れがたく、ナイツは冷然と応じる。


「いえ、結構です。自分はもう帰らせてもらいますから」


 足早に歩くナイツの後方でジアが肩を竦めた。

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