第4話 食事に誘われて
その日の夜、俺は食事に招かれた。
しかし、雰囲気は最悪で、父親は表情が変わらないし、母親の方は相変わらずこちらをにらんでいる。
娘の方はというと、ずっと暗い顔で俯いている。
こんな空気の中で食事をするのはとてもじゃないが、心が持たない。
現に、今出されている食事の味がなにもわからない。
そんな感じで時間だけが過ぎていくなか、ついにこの家の当主であろう人物が口を開いた。
「自己紹介をしてもらっていいかな?」
「俺……ですか?」
「ああ」
そういえばアリスタさん以外に自己紹介はしていない。
だが、この場でするというのも……
「俺は……俺の名前は深山直人、です」
「ふむ……ナオト家……聞いたことないな」
「あ、いえ、ナオトが名前です……」
「む、すまないな。だが、深山家というのも聞いたことがないな。どこの領主の家だ?」
「りょ……?なんのことですか?」
「……では、どこの貴族だ?」
「いえ、うちは貴族じゃありませんが……」
認識の齟齬がある。おそらくだ。おそらくではあるが、平民が姓を持つのは普通じゃないのだろう。だから、俺がどこの貴族の出身でもないことを疑問に思っているのだろう。
「まあいいか。姓を名乗ることは別に罪ではない。だが、気を付けたまえ、実在する貴族の姓なら名乗るのはやめておいたほうがいいぞ」
「はい……」
「不敬罪で処刑されるからな」
「こわ……」
そこで俺の自己紹介は終わり、席に座って食事を再度食べ始める。
食事中、俺はまわりを見渡した。
四人で食べるには広すぎるテーブル。
それを囲むように、食事を食べる俺たち
その周りにはアリスタさんを含む、鎧を着た人たちが数名。
コック服やメイド服を着た人も多くいて、ほとんどの全員が俺に対してあまりいい目をしていなかった。
それだけここの子息を殺すことになった俺を恨んでいるのだろう。
「さて、娘を助けてくれた件だが……なにが欲しい?」
「なに、というと?」
「金でも、なんでもいい。なんなら、この中にいる雑用の女を愛人として連れて行くのもいいぞ」
「……いりません」
「む、なぜだ?」
「お宅のお嬢さんを助けられたのは、偶然です。それに、俺はお嬢さんについていたおじいさんを見殺しにしましたし、あまつさえここの子息を助けられなかった。金なんか、女なんかいりません」
そう言うと、ここの家の奥方である人がバンッと机をたたいた。
その目には怒りがにじんでいた。若干、自分の死を覚悟してしまいそうなほどだ。
「……じゃあ、死になさい!」
「……」
「あなたが、あなたが私の息子を殺したのよっ!あなたがこの家の次代の当主を殺したのよ!極刑よ!さっさと死ね!」
「やめなさい」
「でもあなた!」
「やめなさい。彼がいなかったら、リリネットすら死んでいたのかもしれない。それくらい危険な状況だったと、アリスタから報告は受けているだろう?」
「でもっ!でも……」
「あの少年は、私たちが殺していい人じゃない。だからと言って、なにもあげないわけにはいかない。これは我々貴族のプライドだ」
そう力強く言うこの家の当主。
そこまで言われると、なにもいらないとは言えない。
ていうか、貰わないほうが不敬になりそうだ。
「じゃあ、剣を教えてください……」
「ふむ……剣か。なら、騎士団に入るのはどうだ?」
「騎士団?」
「ああ、そこのアリスタも、騎士団出身だ」
「アリスタさんが?」
アリスタさんを見ると、静かにうなずいていた。
騎士団……
「騎士団の仕事って何ですか?」
「王家や貴族の主語が主な仕事だが、郊外に出現した怪物の討伐なども含まれる。めったにないが、地震などで家屋が倒壊したりした時は、騎士団が人命救助の主にあたる」
率直に思ったことを言うのなら、自衛隊かと思った。
いや、間違ってないかもしれないな。人命を守るところは、騎士も自衛隊も同じだろうからな。
それに、剣をもって守れなかった人がいる。なら、次は剣をもって全員を救えるようになりたい。
「その騎士団に入るにはどうすれば?」
「別に難しいことはない。ただ、あとの訓練についていけるかどうかだけだ」
「……入ります。その騎士団に入らさせてください」
「ふむ、ではそこに入るための手続きは半年後だから、それまでアリスタに鍛えてもらうと良い」
「……ありがとうございます」
こうして、俺はアリスタさんに半年だけだが、剣の指導を受けることになった。
だが、相変わらず家の者の視線は芳しくなく、本当につらい。
3か月後
「はあはあ……ギブ……」
「ナオト殿は本当に体力がないな」
「すいません……」
「いや、このままだと進軍の途中で倒れてしまう気がする。現に鎧をつけて剣を振るのまではいいのだが、それを数十分継続できない」
「すいません、本当に昔から体力がなくて……」
俺はあの日から、アリスタさんにみっちりしごかれていた。
前の世界では運動をしていたから、いくらかはマシに動けるだろうと思った俺がバカだった。
1ヶ月過ぎたくらいで、鎧も剣も問題なく扱えたが、いかんせんどちらも重いから、まとも体力がもたない。ぶっちゃけ、両方もって走るのは300メートルくらいが限界だ。
というか、鎧がなによりも暑い。
鎧の下に着るベストみたいな変な布もさることながら、やはり鉄は熱伝導性が高く、すぐに熱くなる。それのせいで、俺が何度熱中症で倒れかけたか。
「とりあえず休憩だな」
「はい……ありがとうございます」
「とにかく、その体力のなさをなんとかしないとな」
「鎧ナシなら、まともに動けるんですけどね」
「それはダメだな、鎧をはずすのは騎士道に反する。着用は必須だ」
「ですよねー」
もう、騎士の誇り云々は聞き飽きた。
あれから3日に1回程度は聞く話だ。
「ナオト殿はどうして騎士になりたいのだ?」
「成り行きで提案されたのも大きいですけど、やっぱりこの家の子息を守れなかったことが大きいですかね。兄の死を泣いている令嬢の姿を見た時、どうしようもなく自分の不甲斐なさを思い知りました。だから、せめて次は絶対に守れるようになりたいんですよ」
「そうか……そういえば、ナオト殿は妻を放置していてもいいのか?」
「え……?いないけど?」
「は?ナオト殿は、もう21になるのだろう?」
「いやいや、恋人すらいたことないよ?」
「……」
え?そんなに結婚してないのがまずいことなの?てか、なに?そんなに他人が首を突っ込んでくるのか?
「貴殿がどう思っているか知らないが、最低でも20までに結婚しないと男女ともに相手なんかいないぞ」
「は?いや、別にどうでも……」
「よくないんだよ。世間体というものを知らないのか?結婚できない男は甲斐性がない。女は家事ができない。そう言っているようなものなのだ。見たところ、貴殿が甲斐性がないようには見えないのだが……」
まじ?結婚できないとそこまでやばいの?
ていうか、20って、日本じゃまだ学生の人が大半だぞ。俺は違ったけど
「そんなこといわれてもなあ……俺、相手いねえしなあ。本当に」
「そうなのか……」
「残念そうな顔で見ないでもらえます?そう言うアリスタさんは?」
「私はちゃんと夫がいる。半年に数回程度しか家に帰ることができないが、そのたびに愛してもらっている」
「あ、そうすか」
アリスタさんみたいな面倒見のいい奥さんをもらってる旦那さん、幸せだろうなあ。
それにしても結婚かあ……そういうのは考えたこともなかったなあ。会社の先輩もアプローチしてくる人はいたけど、全部断ってたからなあ。妹の入学日稼がなきゃいけないし、俺みたいな中卒といても幸せになれないと思ってたから。
みんな、元気にしてるかなあ?
極苦の代償を持って戦うのはもう嫌だ。だが、守るにはこれしかない 波多見錘 @hatamisui
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