第3話 事後

 目を覚ますと、知らない天井が目に入った。


 こうなったのは、おそらく力の代償で倒れたからだろう。どのくらい時間が経ったのだろうか。


 にしても、誰もいないなあ。これじゃあ、誰かに状況を聞くこともできない。

 そう思っていると、ドアをノックして人が入ってきた。


 入ってきたのは大人の男女だ。

 俺が助けた子供たちではないようだ。


 起きている俺を見た二人は、少しだけ驚いていたが、すぐに表情を戻して話しかけてきた。


 「目が覚めたか。私の名前はアリスタ。貴殿の名前をうかがってもよろしいだろうか?」

 「……俺の名前はナオト。好きに呼んでください」

 「ふむ……貴殿が気絶する前のことは覚えているか?」

 「はい、覚えてます」

 「じゃあ、率直に聞こう。そなたは何者だ?」


 俺はそう聞かれて、少しだけ威圧感を感じた。

 まあ、それもそうか。俺は精一杯だったとはいえ、彼女たちからしたら得体のしれない人間が現れたのだ。

 何かの刺客を疑うのが、仕事なのだろう。


 ん?ていうか、アリスタ?それってあの時の……

 まあいいか。どうせ顔を見るのは初めてだし、気にするほうが面倒だな。


 「何者かと聞かれても、それは俺が一番聞きたいですね」

 「ほう?それは答えないととらえていいのだな?」

 「いや、剣に手をかけないで!本当にわからないんだって!急に放り出されて、力がどうだとか言われて、頭がおかしくなっちゃうよ!その上この状況……もう誰か説明してくれよ……」

 「そ、その……すまない」


 俺の悲痛な言葉が届いたのか、彼女たちは同情するような視線を向けてきた。

 冷静に考えると、訳が分からない。知らぬ間に異世界に飛ばされて、知らぬ間に変な能力が身についていて。本当に元の世界に返してほしい。


 「そういえば、あの子供たちは?」

 「子供……?お嬢様たちのことか?」

 「ああ、そうだ。お嬢様って呼ばれてたな……。それで、どこに?」


 俺がそう質問すると、2人は悲痛そうな表情を浮かべ、言った。


 「今、我が家は色々と揉めているんだ。君を生かすか、殺すかで」

 「え、なんで?」

 「あなたがお嬢様方2人を逃がした後、お坊ちゃま―――ジオル様が、別の賊に殺されました。すでにその賊が死に、責任を問う声があなたに集まっているんです」


 要約するとこうだ。


 助けたのはいいものの、お前が不用意に逃がしたせいで、この家の坊ちゃまは死んだ。ということらしい。

 だが、一方でお嬢様を助けたのは事実だと、完全に意見が割れているらしい。


 「ちょっと待ってください」

 「なんだ?」

 「予想はしてましたけど、ここって貴族家?」

 「ああ、その通りだ。というか、知らないのか?ワイス家を」


 すいません、存じ上げないです。


 ああ、まずいなあ。俺、とんでもない口調で、ここの家の子供に話しちゃったよ。


 俺は話を聞いて、その考えに行きつくと、すぐさまベッドから飛び降りて、五体投地の勢いのごとく土下座をした。


 「失礼な口きいてすいませんでしたああああああああ!」

 「お、おう……あの時は貴殿も精一杯だったのだろう?私はそれほど気にしていない。だが、この先は気を付けてくれよ」

 「ああ……慈悲に感謝を……」


 勢いとはいえ、とんでもない口をきいてしまった。

 この人が優しかっただけで、本来なら打ち首ものだ。


 「でも、アリスタさんは、俺のことどう思ってるんですか?」

 「私は、現場にいたからこそ、貴殿は悪くないと思っている。だが、貴殿の選択がジオル様の死を招いてしまったことも事実だ。後はこの家の当主様にゆだねるしかない」

 「俺、処刑ですか?」

 「有罪だったらな。だが、安心しろ。貴殿を殺人者扱いしているのは、当主様というより、奥方様だ。おそらく、貴殿はお嬢様を助けたとして、褒賞が出るだろう」


 複雑な気分だな。1人―――いや、あの時の爺さんも入れたら2人か。俺のせいで殺してしまったんだ。

 それなのに、褒賞をもらうのは気が引けるな。


 「その……お嬢様?の方には会えますか?」

 「会ってもいいが、状況をわきまえるのならな」

 「状況?」


 その言葉に疑問を持ったが、俺はすぐにその答えを知ることになった。


 俺の寝ていた部屋から少し歩いて、開けた場所に出ると数多くの花束が飾ってあった。

 その部屋の真ん中には、あの時の少年を入れた棺とその棺に抱き着いて泣いている少女がいた。


 状況―――つまり、葬式というわけだ。

 俺が殺した少年のもの。そう思うだけで、胸が締め付けられるような感覚だ。


 しかも、その隣で助けたはずの少女が泣いている。


 俺はなんて声をかければいいのだろうか。


 生きててよかったね。それとも、お兄さんは残念だった。か?どちらも違う。

 今の彼女の精神状態は非常に不安定なはずだ。ここで俺が余計な言葉をかけるより、1人あの悲しみの表情をしている彼女の痛みを、遠目に受け止めてやることしかできない。


 「部屋に……戻してください」

 「わかった」


 俺の言葉を聞いて、アリスタさんは俺のことを再び案内しようとしてくれた。ちなみに、もう一人は仕事があるので、あとのことをアリスタさんに任せて去っていった。


 「アリスタさん、本当に申し訳ありませんでした」

 「いい。お嬢様を助けられただけでも、十分な成果だ。見たところ、貴殿は平民……という服装でもなかった。何者か気になるところではあるが、お嬢様たちを守ろうとしてくれたのだから、悪人というわけではあるまい」

 「……」


 そう話しながら歩いていると、奥の方から女の人が出てきた。


 「奥方様……」

 「あ、あの人が……」


 こんな時に不謹慎かもしれないが、正直に言うとすごい美人だった。だが、ものすごくやつれた表情をしている。


 そう思いながら見ていると、奥方様がこちらに近づいてきた。


 「見ない顔ね。もしかしてあなたがリリネットを助けた人かしら?」

 「りり……誰?」

 「お嬢様の名前だ」

 「ああ……じゃあ、俺が助けた子ってこと?」

 「そうなのね……じゃあ、あなたがジオルを殺したのはあなたね!」


 気付いたら、俺は腹部に包丁を刺されていた。

 速すぎて、なにも見えなかった。


 なんだ今の……ていうか、刺されて……


 「ごほっ……ごほごほっ……」

 「奥方様!?なにを!」

 「こいつが……こいつが私の子供を殺したのよ!死になさい!」

 「落ち着いてください!奥方様!」

 「うるさい!放しなさいアリスタ!」

 「そういうわけにはいきません!どうか、どうか落ち着いてください!」


 そう言って、アリスタさんは奥方を羽交い絞めにして止めているが、もう遅い。俺の腹部には、ナイフが刺さって全く血が止まらない。

 このままだと、失血死する。


 「だれか!誰か、教会のものを呼んでくれ!」

 「アリスタ!お願いよ!この男を殺させて!」


 現場はカオスなことになっているが、幸い教会とやらの人間がすぐ近くにいたらしく、すぐに俺の治療に入った。


 だが、その処置も全くではないが、芳しくはないようだ。


 「騎士様、この方はもう……」

 「ナオト殿!しっかりするんだ!」

 「そう……言われても……」


 そう言って、俺も自身で死を悟ったのだが、突然体の痛みが消えた。


 「え?どうなって……」

 「ナオト殿?」

 「どうなってるって、俺が一番聞きたい……」


 そう顔を見合わせると、傷口が黄金色に光り、光が収まると傷口が完全に修復していた。


 え、どうなってんの?本当に俺の体?

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