第2話 神の力

 状況が理解できずに、俺は木陰から様子を見ている。


 現代にまず使うことがない馬車に、鎧に身を包んだ数人とその三倍はあろうかという人数の格好が汚いものたちが剣を交わしていた。

 汚いと言っても、泥だらけとかそういうのではなくて、鎧を着た奴らに比べて相対的に、様相がボロボロなのだ。


 え?てか、ここ現代だよね?中世かよ

 中世がどんな感じか知らないけど


 そう思っていると、鎧を着ている陣営のほうが押されている気がしてきた。


 「まじでなんだよこれ……」


 俺は自然とそんな声が漏れた。

 それもそうだ。戦ってはいるが、1人また1人と人が死んでいく。剣で斬られてから、血まみれで死んでいる。ショッキングな絵だ。


 だが、鎧姿の人たちは懸命に戦っている。相手に押されていたとしてもだ。

 なにを彼らが動かしているんだ?なぜそこまで命を懸けられる?なんで自分の命より大切なものがある?


 そんなことを考えていると、鎧たちのうちの一人の叫び声が聞こえてきた。


 「お嬢様!坊ちゃま!今のうちに逃げてください!」


 その叫びが聞こえてからすぐに、年配の人に連れられて馬車から2人の子供が出てきた。


 見たところ、年齢は俺より少し下くらい。

 今年に入学したばかりの下の方の妹と同じくらいの子だった。


 下と言っても、3歳しか離れてないけどな。

 まあ、その情報はいらないか。


 だが、そのくらいの子が狙われているのだと理解できる。


 鎧たちはあの子供たちのために戦っているのだ。

 あのキレイな様相から、それなりの身分だってこともわかる。もしかしたら、貴族ってやつかもな。


 まあ、それは中二病に犯されすぎか。


 俺が来ている国に、貴族制度はなかったはずだからな。

 まあ、それでもかなりの富裕層だろう。にしても派手な服だなあ。


 そう思っていると、鎧の敵さんの一人が子供たちに向かって斬りかかった。

 子供たちの味方であろう奴らは、全員気付いているが、動けていない。


 しかし、子供が斬られることはなかった。


 だが―――


 「大丈夫ですか?お嬢様、お坊ちゃま」

 「じいや!」


 そばにいた年配の人が身代わりになって斬られた。


 なにをしているんだ俺は……

 助けないのか?子供が泣いてる。子供を泣き止ませるのは大人の役目。だが、あいつらは明らかに少年少女と言われる年齢だ。自分で逃げれるはずだ。


 違う。自分の命を危険にさらしたくないんだ。

 俺は怖い。剣で斬り合って、殺し合いをしているあいつらが。


 自分が首を突っ込んで死ぬのが。


 「がたがた御託を並べて……それでも、俺は男かっ!」


 そう言って、俺はネガティブな考えを払拭しようとした。

 だが、恐怖はそう簡単に拭えない。


 首を突っ込んでどうやって勝つ?

 俺には大事な家族がいるだろう?ここで死にに行けるのか?


 「い、いやあ!じいや!助けて!アリスタ!デューク!じいやを助けて!」


 敵を目の前にして、女の子のほうが泣き始めてしまった。

 それほど爺さんが大事だったのか、誰かに助けてと懇願している。


 兄も、涙にこらえるのを必死で敵の目の前ということを忘れている。

 鎧たちもどうにかしようとしているが、敵が多すぎてどうにもなっていない。


 「誰か……誰か助けて!」

 『助けて……お兄ちゃん……』


 その時、少女の姿が妹と重なった。

 俺が中学生のころ、上の妹が男連中に囲まれて怖い目にあっていた時と同じだ。


 その姿が重なった時、俺は走り出していた。


 走る途中で、死体が持っていた剣を握って少女たちに斬りかかろうとする奴に刃を向けた。


 「うおおおおおおお!」

 「っ!?」


 グサッという音とともに、俺の手に肉を貫通した時の柔らかい感触が伝わってきた。

 俺の叫びに、敵が気付いたが、一瞬反応が遅れたという感じだ。


 「だ、だれ……?」

 「早く逃げろ!」

 「で、でもじいやが!」

 「お前たちはその死すらも無駄にするのか!早く行け!」


 俺の怒声を聞いて、少年少女は走り去っていった。


 「ったく、あんたの守りたいもんはもう逃げたぞ……」


 俺は少年少女を守った爺さんの死体に向けてそう言った。

 俺がもっと早く出ていれば、この人は死ななかったかもしれない。だが、後悔より先に目の前のことだ。


 絶対に死にたくない。というか、もう逃げだしたい。だが、そういうわけにもいかない。


 俺が刺殺した奴のほかに、3人ほど周りにいる。


 ほかの鎧は、他の奴らを相手にしていて、俺の加勢には来れない。

 そして、問題がもう一つ。剣が思っていたより重い。いや、重いことは知っていたが、知識のない俺は、木製バットより少し重いくらいだと思っていた。


 だが、よくよく考えれば、当たり前だよな。剣って、いわば鉄の塊。

 ものすごい重いはずだよ。


 こっちは重いものを刺すのがやっとなのに、相手はしっかり振っている。

 勝ち目がない。


 「おいおい、なにしてくれてんだよおっさん」

 「おっさんじゃねえ。俺はまだ20だ」

 「十分おっさんじゃねえか……よっ」

 「あぶなっ」


 相手が離しながら斬りかかってきた。俺は間一髪のところで避けて、後ろに後退した。

 だが、後ろにも敵がいて、俺は背中を蹴られて、前に突き飛ばされた。


 「おい、こいつ弱いぞ」

 「なんだこいつ?なんで出てきたんだよ」

 「そんなもん決まってんだろ。子供たちが泣いてたからだろう」

 「ああ?さっきに逃がした奴らか?なに言ってんだよ、あいつらは立派に成人してるんだぞ」


 成人?妹とほとんど年変わんないように見えるのに?

 マジか……でも―――


 「人助けたことに変わりはない」

 「正義のヒーロー気取りかよっ!」

 「ぐほっ……」


 俺は敵に蹴られて、馬車に突っ込んだ。


 いってえ……なんつう蹴りだ。

 人ひとりの体が吹き飛ぶ力って……


 馬車の中は豪華な作りだった。

 物語で見たような、対面で座れる椅子が設けられ、そういうことに使うであろう、壊れた椅子の下に空間があり、果物ナイフと思われるものがあった。


 俺は無意識にそれを拾った。


 だが、次の瞬間に、俺は首を掴まれて宙に浮かされた。


 「黙って見てりゃあ、命は取られなかったのによぉ……余計なことしたな、おっさん」

 「かはっ……クソ……でもなあ、俺は寂しがり屋だ。一人の死ぬのは嫌なんだよ」

 「ああ?」

 「だからここで死ぬのはごめんだ。あんなクソ親父みたいに蒸発して消えるんじゃなくて、多くの人に見送ってもらうんだ……」

 「なに言ってんだ……っ!?」


 俺は宙につるされながらも、首を掴んできている男の腹に、さっき拾った果物ナイフを刺した。

 刃は、深く突き刺さりおそらく彼にとっての致命傷になるはずだ。


 俺は驚きのあまりに力が緩んだ手から逃れるように、胴体に両足で蹴りを入れて勢いよくその場から離れた。


 なんとなく、本当になんとなくだ。わかってきたよ。


 「てめえ……お前ら!殺せ!あいつを殺せ!」

 「はあ……はあ……」


 もう喋る気力もなくなってきた。


 なあ、この世界がなんとなく俺のいたところじゃないのは気付いてきた。

 おかしいよな。剣振って殺し合って。現代の戦い方じゃねえし、なによりいまだにこんなことしてる国を俺は知らない。

 なにより、そんな国に来た記憶はない。


 それに、よくよく話を聞いていたら、大人の年齢に齟齬がある。

 別の世界……なろう系かよ……

 そこはどうでもいいか。


 力とか言ったな……


 ここに来る前、目覚める前に力がなんとかって言ってたよな?俺にこの状況打破する力があるってことだろ?


 「出せよ……もう、これしかねえんだよ」


 俺には限界がある。それは重々承知してる。

 だから、知らない何かに賭けるしかないんだ。


 そんなことを思っているうちに、敵がもう目の前まで迫っていた。


 「はあぁぁぁ……」


 その時、俺の中に段々と溜まっていくものを感じた。それを一気に解放すると、周りに大きな衝撃波を放った。


 いける。これなら


 放出される力が、黄金色の光となり、はたから見れば、俺は金色に輝いていることになる。


 「死ねええ!」


 俺は振り下ろされる剣を一瞥すると、一瞬にして姿を消した。

 剣は空を切り、男は俺の行方を捜してキョロキョロし始める。だが、視界内に俺の姿はない。


 奴のしかいの外。つまり、俺は背後に回り出現させた剣を振り下ろした。


 すると、相手の胴体は真っ二つに斬れた。


 凄まじい力だ。だが、あの言葉通りなら……

 今はそんなことを考えている場合じゃないな。


 そのまま、俺はその場にいた鎧以外の敵と見れる勢力を全員斬り伏せた。


 「はあ……終わったぞ」


 俺は鎧姿の人たちにそう言った。

 俺が斬ったのは、交戦中の鎧の相手もだ。いきなり敵が真っ二つになって驚きはあるだろう。


 「ああ、助かった……あなたは?」

 「わからん。こんな力出せるのは聞いてねえんだよなあ……俺って何者なんだろうなあ……」

 「……なにを言っているんだ?」


 こっちも聞きてえよ。

 使えるから使ったはいいものの、なんなんだろうな。この力は


 そんなような会話をしていると、後ろの方からガサガサと足音がしてきた。


 まさか戻ってきたのか?

 なんのために逃がしたんだよ。


 と、思って振り返らずに考えていると、俺と会話していた鎧が剣を構えた。


 「貴様!お嬢様を放せ!」

 「うるさい!動くな!」


 異変を感じた俺が、後ろを見ると先ほど逃がした子供の首筋に剣をあてている男がいた。

 見た感じ、いるのは少女の方だけで、少年の方がいない。


 「2人いたはずだが?」

 「ああ?人質は女で十分なんだよ」

 「貴様!ジオル様をどうした!」

 「アリスタ!お兄様が!お兄様が!」

 「まさか……貴様あああああ!」


 俺は激昂する鎧―――アリスタを手で制した。


 「なにをする!お嬢様が!」

 「ここで怒っても状況は好転しない。俺に任せてくれ」

 「だが、ジオル様も……」

 「わかってる。これじゃあ逃がした俺が悪いじゃねえか、クソったれが……」


 俺は剣を前に突き出して、構えた。


 「お、おい動くなって言ってるだろ!」

 「この場から動くつもりはない」

 「は、早くその剣を―――」

 「f5からd3に」


 そう言うと、敵は俺の前に移動してきて、前に突き出した剣が相手の心臓を貫いた。

 そのまま、剣を引き抜き手を払って相手を吹き飛ばした。


 抱きとめた少女は、後ろにいた鎧に投げた。


 「きゃっ」

 「アリスタとか言ったか?あとは少年の方も探すぞ」

 「お、お前、お嬢様をなんて扱いを……だが、ありがとう。おかげで助かった」

 「ああ、問題ない」


 にしても異世界。あまり、来たという感覚がないな。うっ―――!?


 「ゴハッ!?」

 「だ、大丈夫ですか!?」


 突然、力が解け、俺は吐血した。


 やばい、苦しい。辛い。痛い。


 代償ってこういうことか……

 ぐふっ……死ぬ……


 「おじさん!おじさん!」

 「と、とにかく……みんな、急いで家に戻るぞ!この人の治療を!そして、残った人員でジオル様の捜索を!」


 その声を聞いて、俺は意識を失った。

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