僕と『義妹』と八月三十一日
八月三十一日。
夏が終わるから、ついでに過去のアレコレに整理をつけてしまおう。
なんとなく、そんな気になった。
僕はゆっくりと廊下を歩いて一つの部屋の前に立つ。
そこは両親の寝室だった部屋。
遺品整理の時以来一度も立ち入らなかった部屋だ。
「何も感じないな……」
そっと扉を開けてみれば、憎悪も虚しさも立ち上ることはなく、ただの部屋がそこにはあった。
置きっぱなしの調度品には布が掛けられており、床には埃一つない。
『義妹』たちが掃除してくれていたのか。
そんな話は一度として聞いたことがなかった。
彼女たちの優しい気遣いに少しばかりの苦笑が漏れる。
「今日でお終いだ。これで全部過去にする。これから僕は『義妹』たちと未来を行くんだ」
宣言するように飛び出た言葉は僕の心にすっぽりと嵌ってしまった。
部屋の中へと足を踏み入れる。
置きっぱなしの家具はもう処分してしまおう。
空き部屋になったこの部屋は何に使おうか。
いっそ壁一面本棚にしてしまうのも面白い。
みんなのお気に入りの本を無秩序に並べてみるときっと素敵な光景になるだろう。
「うん。それがいいな。あとでみんなに相談してみよう」
そのまま歩みを進めて窓の前へ。
カーテンを開いて外の景色を眺めれば、いつもと変わらない家の裏手の風景が広がっていて――――うちの裏手に『神社』があった。
「は?え?なんで?あんなとこに神社なんてなかっただろ?あそこは確か……何があったんだっけ?」
正確には神社の鳥居と石段が見える。
本来あったハズのものを思い出そうともどう頑張っても思い出せず、むしろ元々あそこには神社があったとすら思えてくる。
『神社』。
この不可思議な現象でまず思い当たるのは謎の『義妹』化現象だ。
『義妹』たちが手続きしたという『神社』。
夏休みの間に散歩しながら探してみたが一向に手がかりを掴めなかったそれ。
多分目の前の石段を登ればそこにたどり着くのだろう。
「ユ、ユキナー!ひまりー!しずくー!さくらー!誰でもいいからちょっと来てくれー!!」
「どうしたのお兄ちゃん?」
大声で呼べばぞろぞろと全員が集まってしまった。
「えっとさ、僕の『義妹』になったときに手続きしたんだよな?」
「そうだね」
「それって神社でしたんだよな?」
「そうだよ」
「その『神社』ってもしかしてあそこじゃないか?」
「んー?あーっ!!あそこだー!!」
「やっぱりか……」
何故この距離にあって今まで見つからなかったのか。
いや、このタイミングで見つかるということは呼ばれているということなのだろう――――謎の『義妹』化現象を引き起こすカミサマに。
「とりあえず……みんなで行ってみよっか」
***
石段を一段一段ゆっくりと昇る。
頭の中はぐるぐるとせわしなく色んな考え事がうごめいている。
『義妹』たちはそんな僕の邪魔をしないように少し後ろを静かについて来てくれている。
『義妹』という概念について考えていたことがある。
あまりにも都合が良すぎるその概念は本来の義妹ではなく、ラブコメやギャルゲに登場するある種のご都合主義な設定によく似ている。
家族だから同棲してもおかしくないが、血縁が無いから恋愛も結婚も性交渉だってできてしまう。
そんな都合のよさを集約させた設定こそがラブコメなどにおける『義妹』という存在だ。
もしかしたら……この世界が実はネット小説に描かれているみたいな漫画やゲームの中の世界なのではないだろうか。
僕が主人公で、彼女たちがヒロインで。
実にバカバカしい発想だがそう考えれば矢鱈と僕に都合のいい不可思議な現象にも納得がいく。
もしも……もしも僕の推測が当たっていたとしたら、この階段を昇りきったとき僕たちはどうなってしまうのだろう。
物語の結末を迎えてしまうのではないか。ゲームのエンディングに辿り着いてしまうのではないか。
そうなったとき僕と彼女たちの暮らしは終わりを迎えてしまうのでは――――。
「その心配は無用じゃ。じゃが推測はいい線いっておるの」
その声は童女のように甲高く、しかしながら畏敬を感じさせる厳かさが宿っていた。
「よお来たの、四季めぐる。そしてその『義妹』たちよ」
石段を昇りきった先、神社の境内に入ってすぐのところで、巫女服に身を包んだ童女が待っていた――――頭になぜか丹頂鶴を乗せて。
「驚いておるのぉ。妾が何者か気になるか?んー?ならば教えてやろう妾こそが――――ってちゃんと聞かんかっ!!」
「あ、すいません。頭の上の鶴があまりにも気になっちゃって」
あまりに存在感のある鶴に気を取られた僕は悪くないと思う。
今も羽を広げて甲高い声で鳴いている。
「こりゃ!おぬし姿が見えぬと思ったらそんなとこにおったんかっ!!さっさとどかんか!」
おそらくカミサマであろう童女と鶴がどったんばったんとやり合っている。
僕の先ほどまでのシリアスな思考はなんだったのだろう。
すっかり気が抜けてしまった僕は無表情で白けた視線を推定・カミサマにぶつける。
「失礼したの。こほん。改めて名乗ろう。妾こそがこの地域を治める土地神、
妾のことは時告様と呼ぶがよい、と童女らしからぬ妖艶な笑みで笑って見せる。
しかし本当にカミサマだったか。
僕らは平伏でもしたほうがよいのだろうか?
「別に畏まらんでよいぞ。妾は今日そなたが謎の『義妹』化現象と呼んでおる事象の説明に参ったのじゃ」
「いや、参ったのは僕らの方だと思うんですけど……」
「何じゃ!そなたはねちっこい男じゃのう!そんなねちねちとしておったら愛する『義妹』たちに嫌われてしまうぞ!!」
言われ、思わず『義妹』たちの方を振り返ってしまった。
ああ、やられた。彼女たちは口元を手で押さえクスクスと笑っているではないか。
恨みがましい目線を時告様に向けると鼻で笑われてしまった。
「とりあえず本殿にでも行くかの。そなたらも落ち着いて話を聞きたいじゃろ」
時告様の案内に従い本殿内部へと場を移す。
楽にせよ、という言葉に素直に従い座布団の上で胡坐をかく。
ユキナたちも足を崩し、正座しているのはひまりだけだ。
「まずはそなたについてじゃ、四季めぐるよ」
時告様は先ほどまでのコミカルな様子とはうってかわり、威厳ある表情で僕を見据える。
「そなたは――――義妹ハーレムエロゲ世界の主人公の生まれ変わりなのじゃっ!!」
ででーん!!と効果音が鳴りそうな迫真の表情でそう言われてしまった。
なるほど僕の推測はあながち間違いではなかったらしい。
しかし、である。
自分でも推測していたこととはいえ、突然面と向かって大真面目にそんなことを言われてしまえばこう思ってしまう。
――――何言ってんだ、こいつ?
僕の心を読んだのか、時告様に座布団を投げつけられてしまった。
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