僕と人魚姫の墓参り
四季家の墓を参った翌日、始発の電車に乗って僕らは北陸へとやってきた。
目的はしずくのご両親が眠るお墓だ。
今回はちゃんと墓前に供える花も用意して事前に墓参りの作法なんかも調べてみた。
みんなで墓石を綺麗にして花を供え、順番にお線香を立てていく。
目を瞑って静かに手を合わせる。
――――はて、僕はこの人たちに何を言えばいいのだろう。
ぼんやりとそんなことを思った。
顔を合わせたこともないしずくのご両親。
僕が彼らに言うべき言葉があるのだろうか。
――――ありがとう。
ふと浮かんだのはそんな言葉だった。
しずくをこの世に送り出してくれてありがとう。
彼女と出会う機会を僕に与えてくれてありがとう。
彼女は今僕たちと一緒に楽しく暮らしています。
必ず彼女を幸せにすると約束します。
だからどうか心配せずに、どうか安らかに。
生まれて初めて真摯に死者に祈った。
浮かんできた言葉はどれも使い古された陳腐なものばかりだ。
でもまあ、こういうときの素直な思いなんてどうしても使い古されたものになってしまうのだろう。
静かに目を開く。
みんなは既に拝み終わって立ち上がっていた。
みんなに優しい微笑みを向けられてやっぱりちょっと気恥ずかしくなる。
「初めてだから……ちょっとどれくらいの時間拝めばいいのかわからなかっただけだ」
素直じゃない僕の口から吃驚するほど下手くそな言い訳が飛び出した。
だけど僕の優しい『義妹』たちはその嘘を暴くことなく笑っている。
しずくなんて涙目だ。
「にぃに……ありがと」
抱き着いてくる彼女に出来るだけ優しいキスを贈る。
彼女の父親の怨念が墓から飛び出してきたような気がするが、まあどうせ気のせいだ。
***
「お昼なに食べよっかー?」
「んー、折角だしこの辺りの名物とか食べたいな」
「何が有名なのでしょう?」
「ん……かつ丼?」
「かつ丼ってあのかつ丼?どこでも食べれんじゃん」
朝早くに電車に乗ってやって来たので墓参りを終えると丁度昼時になっていた。
地元の名物はかつ丼だと主張するしずくに従いかつ丼屋に行ってみた僕たちは実物を見て唖然とした。
「確かに……かつ丼だな」
「かつ丼……だね」
「そうとしか言えませんがこれは……」
「やばくない?」
ご飯の上にソースたっぷりのカツが載っているのだ。
あまりにダイレクトに『かつ丼』なそれについ笑ってしまう。
僕たちが良く知る卵で綴じられたアレはじゃあ一体何なのだろうか?
少し調べてみれば、地元では単に『かつ丼』と呼ばれるそれは他所では『ソースカツ丼』の名で知られているらしい。
少々面喰ってしまったが、こういうのも旅の醍醐味というやつなのかもしれない。
僕たちは揃って地元名物を注文した。
「あ……これ僕好きだわ。学食とかにあったらしょっちゅう食ってそう」
「意外と悪くないかも?」
「えぇ……」
「ん……これこそかつ丼」
「がっつりいけるね。あーしもアリだと思う」
ひまりだけはドン引きしていたが、僕たちは概ね大満足で店をあとにする。
「おじさんの家には顔出さなくていいのか?」
そう聞くとちょっとだけ迷ったしずくはゆっくりと頷く。
「ん、じゃあちょっとだけ行ってくる。みんなはどっかで待ってて」
「僕たちが居なくて平気か?」
「ん……大丈夫」
そう行って彼女は一人でおじの家に向かった。
僕たちはしばらく土産物屋なんかを冷やかしてから適当な店にはいって時間を潰す。
「しずくさん、大丈夫でしょうか」
あまりうまくいっていない様子のおじとしずくの対面にひまりが殊更心配している。
「しずくちゃんが大丈夫って言ったんだから、きっと大丈夫だよ」
「でもさー、やっぱ心配は心配じゃん?おにい一人だけでも付いてった方がよかったんじゃない?」
「……しずくが断ったのにムリに付いて行くわけにも行かんだろ」
僕らがグダグダと話し合っているとしずくからのメッセージが届いた。
『今おじさんの家を出た。みんなどこにいる?』
店の名前を伝えて合流する。
しずくはどこか晴々とした表情で笑っていた。
「ちゃんと今までのお礼も言えた。私にはにぃにとみんながいるから大丈夫って伝えた。幸せになりなさいって言ってもらえた」
嬉しそうにそう語るしずくはもう既に幸せでいっぱいだという顔をしている。
僕らは顔を見合わせて安堵のため息を吐き、それから賑やかに笑った。
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