僕と『義妹』とお盆
ユキナのお父さんが経営するレストランに予約をいれた。
日付はお盆が始まる一日前だ。
僕たち五人ともう一人を加えた六人で予約をとった。
僕らはお店の雰囲気を壊さぬよういつもより気取った服装で身を飾っている。
レストランはさすが人気店なだけあってお洒落で品のよい空間だった。
ユキナは実父が経営する店ということで堂々と、ひまりはさすが名家で育っただけあって上品に、しずくとさくらは慣れぬ様子でそわそわしていた。
かくいう僕もどちらかと言えばしずくとさくら側だ。
落ち着きなく予約した席で待っていると待ち人が現れた。
ひょろりと背の高い四十絡みの優男。
僕が長年お世話になっている相手、的場さんだ。
『義妹』を紹介するために時間を作ってもらった。
「やあ、待たせたかな?」
「いえ、忙しいのにわざわざ時間取ってもらっちゃってすみません」
「なに、余計な会食を断る口実が出来てよかったよ」
朗らかに笑うその人はゆっくりと僕の『義妹』たちと順番に目を合わせてからおどけた様子で自己紹介をした。
「やあお嬢さんたち。僕は的場誠一郎。四季商事の社長をやってます」
「はじめまして、ユキナです」
「君のお父さんから以前お電話をいただいたよ。よろしくね」
「ひまりにございます」
「正月坂のご令嬢――今は四季家のお姫様だね。よろしく」
「ん……しずくです」
「やあ、インターハイ優勝おめでとう。リレーは惜しかったね」
「えっと、さくら……です」
「君はめぐる君とは中学から仲良かったよね?元気そうでなによりだよ」
このヤリ手のビジネスマンは『義妹』たちと握手を交わしながら一言添えていく。
ユキナやひまりはともかくしずくとさくらの情報はわざわざ調べたのだろうか……ちょっとビックリだ。
自己紹介を終えた僕たちは運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。
親の躾を受けられなかった僕だが、実はそれなりのテーブルマナーは習得している。
以前的場さんに将来絶対に役立つからと熱心に勧められマナー教室に通ったことがあるのだ。
思えばあの頃には僕に会社を継がせようとしていたのだろうか……。
どう考えても高校生の僕には会食のマナーよりも優先して学ぶべきことがたくさんあった筈だ。
そんな事を考えている僕をしり目に的場さんと『義妹』たちは和やかに会話を楽しんでいる。
楽しむのは結構だが僕の失敗談で盛り上がるのは止めて欲しい。
そう思いつつも口は挟まず会話を眺めている。
僕は少し、緊張しているのだ。
今日の本題は『義妹』たちを的場さんに紹介することだが、それともう一つ僕には果たすべきミッションが存在した。
『的場さんにこれまでの感謝を示す』――――僕はそれがしたかった。
デザートが出てくるころ、僕は用意した包みを取り出して的場さんに差し出す。
「あの、これ……何というか…………これまでの感謝の気持ちです」
「おや……あけていいかい?」
照れくささを抑えながら頷く。
用意したのはネクタイピンだ。
的場さんが普段使っているものよりは遥かに安物だろう、それ。
これを買うために僕は三日間の短期アルバイトをこなした。
『自分で稼いだ金で贈り物をする』――――『義妹』たちの相談に乗ってもらって決めたことだ。
添えたメッセージカードにはちょっと考えて一言だけ記した。
『最大限の感謝と尊敬を』
「安物ですけど……僕が自分で稼いだ金で買いました。よかったら使ってください」
「ああ……やられた…………驚いたなぁ……こんな嬉しい贈り物は娘に似顔絵を描いてもらって以来だ」
目を覆って天井を見上げる的場さんから、僕は必死で目を逸らす。
羞恥に耐えきれなかったのだ。
逸らした目線の先でニッコリとユキナに笑われてしまった。
今度こそ耐え切れずに僕も的場さんと同じポーズをとってしまう。
『義妹』たちの笑い声が響いた。
「お墓参りには行くのかい?」
帰りがけに的場さんにそう尋ねられた。
僕の親嫌いを知るこの人に聞かれたのは驚いたが、きっと今の僕なら大丈夫だと思ったのだろう。
僕は迷いなく答える。
「まあ、受け取った遺産の義理くらいは果たしますよ」
的場さんは優しい笑顔で僕の肩を叩いて去っていった。
***
四季家の先祖が眠る墓の前。
いい加減な作法で墓を洗い、線香をさす。
花は添えない。
「僕とお前らはそんな関係じゃないだろ」
言い訳じみた言葉が口から洩れてしまった。
これで用事は終いだと背を向け空を見上げる。
僕の後ろでは『義妹』たちが並んで手を合わせている。
それをする必要は無いと何度も主張したが彼女たちは頑として譲らなかった。
透き通るような青空の中で雲が一つだけ所在なさげに佇んでいる。
「お兄ちゃん、お待たせ」
「ちゃんとご両親に挨拶して参りました」
「ん……にぃにを産んでくれてありがとって」
――――『生まれてきてくれてありがとう』
誕生日に言われた言葉を思い出す。
温かな感情に包まれて、嫌いな両親の墓の前だというのに頬が緩む。
「あーしは言ってやったよー。『あんたらがないがしろにしたおにいはあーしらが幸せにしちゃいますからー。ねえねえどんな気持ち?今どんな気持ち?』」
ああ、もう本当に。
僕も来年は奴らの墓に手を合わせよう。
そしてクソほど煽ってやるのだ。
僕は幸せになっちまったぞ、ざまあみやがれ。
見上げた雲は風に誘われて楽しそうにその形を変えていた。
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