僕と大和撫子と正月坂
夏休みにはいって早々、僕のところにお客様がやってきた。
正確にはメッセージを携えた使者なのだが。
その使者はいつものように黒服に身を包んで僕の前に姿をあらわした。
そう、やってきたのは正月坂家の使用人の黒服さん――本名は松本さんというらしい――だ。
「ひまり様と共に一度正月坂に顔を出していただけないでしょうか。当主夫妻が『面会に応じる』と」
『面会に応じる』ね。
随分と大上段な物言いはさすが名家の当主といったところか。
ひまりが我が家に来てすぐに挨拶ぐらいしておこうと面会依頼をだしてすげなく断られたんだが、そんな事実は気にも留めていないのだろう。
まあ、断るのもアレなので承諾し訪問の日取りを取り決めると松本さんはさっさと帰って行った。
「今更何の用だろうな?」
「わたくしにも何がなんだか……」
ひまりの両親の意図が読めずひまりに聞いてみたが彼女も見当がつかないようだ。
二人で首を傾げていても埒が明かないのでさっさと切り札を切ることにする。
ひまりの妹、ひなたに連絡をとって呼びつけるのだ。
以前僕に怪文書を送り付けてきた罪で我が家を出入り禁止にしていたのだが、背に腹は代えられない。
僕はひまりに対する行き過ぎた前時代的教育のこともあって彼女の実両親をほとんど信用していないのだ。
どんな無茶苦茶な要求を突きつけられるか分かったものじゃないので事前に情報は仕入れて置きたかった。
「それで良人様、ワタクシに何が聞きたいんですの?」
呼び出せばすぐにやってきたひなたはしばらくひまりに抱き着き彼女の匂いと感触を目一杯楽しんだ後に僕にそう尋ねた。
ちなみに彼女を呼び出す餌として先日のタコパではしゃぐひまりのお宝動画を報酬に提示すれば、急な話なのにも関わらず即決でやって来てしまった。
やはりこいつを呼び出すのははやまった行いなのではないか、と僕は今戦々恐々としている。
「突然お前の両親に呼び出されたんだが、ありゃなんのつもりなんだ?」
「なるほど。アレはそう動きましたか」
「何かあるのか?」
「おそらくワタクシが原因でしょうね。ワタクシとアレらは不仲ですので、ワタクシが家を継いだあとが不安になっているのでしょう」
「つまりお前が継いだら家を追い出されるかもしれんから、ひまりを呼び戻そうと?なんだそりゃ?」
「そういうことですわ。アレらは家と自分たちの安泰にしか興味がありませんからね。あんな家お姉さまには不要なもの。そんな話をされてもさっさと断っておしまいなさい」
「ああ、そうしよう。しかしお前はそれでいいのか?」
「ええ。ワタクシは正月坂を継ぎますわ。それが名家に生まれたワタクシの宿命ですもの」
宿命、ね。
ひまりより一つ下の、まだ中学生の少女だというのにその顔には重い責任を負うものの凄みさえ感じられた。
「お前も苦労してるんだな。まあ、僕らで手助けできることがあれば協力するから困ったら頼れよ?」
「でしたら!!すぐにでもお姉さまのどちゃシコNTR報告ビデオレターを――――」
チョップして黙らせる。
そんな雑な扱いにも関わらず彼女は少し嬉しそうに笑っていた。
「まあ、なんだ。お前はひまりの大事な妹なんだし、僕もまあ、家族みたいに思ってるからな」
ひなたの表情に複雑な思いが湧き上がってほんの出来心のようにそんな事を口走ってしまえば、彼女は今度は心から嬉しそうに微笑んだ。
***
正月坂家の屋敷は伝統ある日本家屋であった。
ひまりと二人で訪問したのだが、どうやら用があるのは僕だけのようで一人だけ奥へと案内された。
ひなたの部屋で待っているというひまりと別れて案内の使用人に付いて行く。
呼びつけて置いて実の娘は放置とか、そのあたりの感覚は僕には全く理解できないものだ。
「失礼します」
案内された部屋に一声かけて入室し、用意された座布団の上で正座する。
部屋の中にはひまりの父であろう恰幅の良いおじさんと母であろうひまりによく似た美女が待っていた。
「はじめまして。四季めぐると申します」
「ふむ、君がそうか。ひまりを今すぐ我が家に戻したまえ。そうすれば将来正月坂家を継がせてやろう」
名乗りを上げれば名乗り返さずにぶっこんできた。
こちらを子供と見て侮っているのだろう。ちょっとムカつく。
別れろ、と言われればぶち切れていた自信があるがそうならなくて幸いだ。
これも謎の『義妹』化現象の恩恵だろうかね。
「お断りします」
「なっ…………!」
ニッコリ笑ってぶった切れば唖然とした表情の正月坂家当主殿。
そのまま笑みを消して僕は思いのたけを素直に告げる。
「お断りです。ひまりが望んでいません。あの子は妹が跡を継ぐことを歓び応援しています。ならば僕はそれに賛同するのみです。
あなた方が今すべきことはこんな若造にバカな話を持ち掛ける事ではなく、あなた方の娘と向き合うことでしょう。
娘さんと、ひなたとしっかりと話し合って相互理解を深めてみてはどうでしょうか。どうぞ家族を大切にしてください」
それだけ言って話は終わりましたとさっさと立ち上がる。
部屋を出ようとしたところでそれまで黙っていたひまりの母が声をかけてくる。
「まって……あの子は、ひまりは元気かしら?」
「ええ。毎日幸せそうに笑ってますよ」
「そう……」
それ以上何も言わなくなったので頭を一つ下げてから退室する。
「お兄様、どうでしたか?」
「大方の予想どおりの話だったよ。さっさと断ってきた」
使用人さんに案内されてひなたの部屋でひまりと合流する。
「あと、ひなたとちゃんと向き合えってぶっこんできた」
「お兄様……」
「アレらにそんな話してもムダですわよ?」
感激したように僕を見てくるひまりとやさぐれた様子のひなた。
「まあ僕みたいな若造の言葉でも真摯に受け止めて関係改善に乗り出すならまだ見込みがあるんじゃないか?」
僕やさくらと違ってこの少女はまだ手遅れではないのだ。
ならば少しの可能性にだって賭けてみたくなる。
「だからもしお前の両親が関係改善したがっているようなら、話くらいは聞いてやれ」
「そうですわね…………そういたしますわ」
ほんの少しだけ、そんな未来を願う様子でひなたはそう呟いた。
「お兄様、ありがとうございます」
帰り道、ひまりに唐突に感謝された。
「なにが?」
「ひなたのことです。これで両親とも上手くいくようになります」
「まだ決まってないだろ?」
「ええ、ですが……きっと、きっとうまくいきますわ」
「そうか……」
「ええ、そうです」
確信した様子のひまりにそれ以上何も言えなくなってしまった。
でもまあ、この賢い『義妹』が確信をもっているならきっとそうなのだろう。
そうあれかし、と小さく祈った。
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