僕とギャルの未来
「ふ、ふ~ん…………そっかそっか…………そんなに言われたらしゃあないなぁ……手続き、してくるから……」
今にもほころびそうな口元はピクピクと揺れ、顔は発熱していたときよりもはるかに真っ赤に染めあがり、その特徴的な吊り目はどうしようもなく目じりが下がっている。
上擦る声で精一杯の強がりを発揮した春島は僕の視線から逃れるようにそそくさと歩いて行った。
「はあぁぁぁ~~~~」
春島の姿が見えなくなったところで大きく息を吐き出す。
はじめて自分の意思で謎の『義妹』化現象を引き起こした。
罪悪感はない。
これでアイツとずっと一緒に居られるのだと思うと歓びが湧き上がる。
にやけた顔で僕はしばらく呆けていた。
「ちゃんとあーしのこと幸せにしてね……おにぃ」
春島が――さくらが戻ってきたのは僅か一〇分後のことだった。
恥ずかしそうに顔を背けながら、でも最後はちゃんと僕を見て彼女はそう言ってくれた。
「もちろんだ。一緒に幸せになろうな……さくら」
彼女は僕の背中に腕を回し力加減なんてお構いなしにぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
締め付けられる痛みに彼女の絶対に離れたくないという意思が感じられて嬉しくなってしまった。
「家族なんだね……」
「ああ、家族だ。ずっとずっと一緒だ」
万感の思いで僕らはしばらく抱きしめ合った。
「さくらの荷物を取りに行こう」
着の身着のままで飛び出して以来自分の着替えすら手元にないさくらにそう提案するとはじめかなり渋った。
「あの人たちに鉢合わせるかもしれないし……」
「お前まだ親に情があるか?」
「どうでも」
「じゃあ鉢合わせても問題ない。つーか二度手間にならずに済むな。さっさと決別しちゃおう」
「でも……」
「僕にまかせておけ。さくらのことはちゃんと守る」
「うんー……」
なんとか説き伏せて、大量の段ボールと台車を用意して僕らはさくらの実家へと向かう。
家に入ると平日の昼間だというのにさくらのクズ親父が酔っぱらった赤ら顔でそこにいた。
なんで平日の昼間に家で酒飲んでるんだ?会社は休みなのか有給でも無駄に使ったのだろうか。
「なんだァ?おい、お前昼間っから男連れ込むとはいい身分じゃねえか」
「僕のさくらに近寄るなゴミ」
「んだぁ、テメエ」
おっとすまんな、今の僕のメンタルはまだクズ両親が生きてた頃の憎悪に塗れたそれなんだ。
多少口が汚くなるのは許してほしい。
酔っ払いが顔をドス黒く染めて凄んでくるが僕は気にせずやつの情報を口にする。
「春島哲夫。有明製鉄の営業三課課長。もともと出世街道に乗っていたが酒癖の悪さで重要な取引先の重役を激怒させ、会社に大損害を与えて左遷。
なんとか課長のポストは死守したが、出世の芽は絶たれ次にやらかせば即解雇のリーチ状態。営業三課の主な取引先は――四季商事」
この男といずれ対決する日が来ると思ってさくらが倒れたその日のうちに調べておいたのだ。
と言っても的場さんに頼んで情報をもらっただけだが。
僕の欲しい情報は僅か半日で集まってしまった。
「改めまして、僕の名前は四季めぐる。四季商事の先代社長の息子で、今の僕の後見人は現社長の的場誠一郎だ。この意味がわかるな?」
虎の威を借る狐のようで実に情けないことだが、こいつからさくらを守るためだ。
さすがに酔っぱらっていても意味が理解できたのだろうクズ親父の顔が真っ青になる。
「これは脅しだ。頼むから僕を怒らせないでくれ。僕を不愉快にさせないでくれ。僕の後見人へ告げ口をさせないでくれ」
青い顔はとうとう真っ白になってしまった。
クリスマスツリーの電飾のように忙しい顔色だ。
「さくらはこの家を出て四季家の人間になる。僕はお前たちがさくらに関わることがとてつもなく不愉快だ。分かったなら誓え。二度とさくらに関わらないと」
「あ、ああ……誓う……誓い、ます……」
「お前の妻にもよく言い聞かせておけ。僕はさくらにお前たちが関わることを絶対に許さないからな。理解したならさっさと僕たちの前から消えろ、ゴミが」
言えば、電飾男は足早に自分の部屋へと引っ込んでいった。
ふっと息を吐き出してメンタルを現在のそれに戻す。
先ほどまでのやたら高圧的な自分に羞恥心が湧き上がる。
完全に厨二病だった。
あの頃は嘗められたらすぐいじめにつながってたから必死だったんだ。
嫌がらせの証拠を集めて内容証明で主犯の家に送り付けて脅しとかかけまくってたし。
さくらに盛大にイジられそうだなと思いながら視線を向ける。
「おにぃガチギレじゃん……マジやばくない?」
「めっちゃ恥ずかしいんだが」
「なんでー?恰好よかったよ。ヒーローみたいで」
「どっちかって言うと悪党の方だろ」
「あーしにとってはヒーローだし」
「そうか」
「そうだよー。すんごいスカッとした」
さくらのせいでますます羞恥心が湧き上がってしまった。
でもまあ、さくらがどこかスッキリした顔をしていたので、これでよかったのだ。
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