僕とギャルの救い

翌朝の春島は腫れぼったい瞼で少し気まずそうに朝食の席に現れた。


「おはよー」


口々に送られる朝の挨拶にぎこちなく笑って一言だけ答えて自分のために用意された席に移動していたのだが、その最中に突然腰が砕けたように座り込みそのままコテンと倒れてしまった。


「おい、春島?」

「あれー、何か力が入んないんだけどー?」


慌てて駆け寄って触れてみれば彼女の額はかなり熱くなっていた。


「お前めっちゃ熱あるじゃん」

「あー、なんか頭痛いなーって思ったんだけど昨日泣きすぎたせいかなって」

「なんでそんな暢気なんだよ。ユキナ!すまんけど体温計出しといてくれ!こいつベッドにぶち込んでくるから」


体温を測ってみれば四〇度近くある。

どう考えても昨日雨に打たれたのが原因だ。

咳も出てるみたいだしさっさと病院に連れて行こう。


「お前保健証持ってる?」

「財布にはいってる」

「んじゃあ病院行くから準備しろ」


ユキナに着替えの介助をお願いして僕はタクシーを呼びつけた。

みんなには気にせず学校に行くよう告げてから渋る春島を背負って病院に担ぎ込む。


「熱が高いけどただの風邪だね。肺炎になりかけてるみたいだから咳が酷くなるようならまた連れてきなさい」


春島が点滴を受けている間に医者からそう説明された。

帰りもタクシーで連れ帰りさっさとベッドにぶち込んだら、僕は病院で受け取った処方箋をもって調剤薬局まで走った。

薬を受け取り一人になったところで大きなため息が漏れる。

昨日、あれだけ壮大な決意をしたというのに完全に出鼻を挫かれてしまった。


「またメグぴょいにめーわくかけちゃったねー」


赤い顔でベッドに横たわる春島がゴホゴホと咳をこぼしながらそんなことを言い出した。


「こんなもん迷惑のうちに入らん。中学の頃の方がひどかったぞ」

「なんかあったっけ?」

「お前がウザ絡みしてくるせいで面倒ごとが多かった。お前に惚れてる陽キャとヤンキーに絡まれまくったんだぞ」

「そんなことあったねー」

「お前があんなにモテるなんて今でも謎だ」

「なんでー、あーしカワイイじゃん」

「ああ、カワイイな」


そう言えばまじまじと僕の顔を見てくる。

その表情はにっと口角を吊り上げた意地悪じみた笑顔だ。


「何?口説いてる?」

「口説くのは病気が治ってからだ」

「じゃあ早く治さなきゃじゃん」

「そうしろ。そのためにもさっさと寝ちまえ」

「ういー」


それきり黙って目を閉じて、しばらくすると寝息を立てはじめた。


「…………ごめんなさい…………ごめんなさい…………」


魘されてるのは熱のせいだろうか。

譫言でしきりに謝罪を口にする彼女にやるせない気持ちになってしまう。


「お前は何も悪くないぞ」


聞こえないと分かっていてもそう言わずにはいられなかった。


「お粥作ってきたぞ」

「んー、あんま食欲ないんだけど」


昼を少し過ぎたあたりで目を覚ました春島に昼を持っていく。


「薬も飲まなきゃだしムリしてでもちょっとは食え」

「はーい」

「食わせてやろうか?」

「…………自分で食べれるし」


どうやらまたつまらない意地を張っているようだ。

春島はお粥を半分ほど食べてギブアップした。

大人しく薬を飲んで寝転ぶ春島が汗を拭きたいと言い出した。

濡れタオルと替えのシャツを用意して部屋に戻ると――――春島は身を起こして上半身を露わにしていた。


春島の豊かな胸はつんと上向いていて春島のイメージぴったりの生意気な印象のおっぱいだった。

一瞬見とれてしまったことを気取られないように声をかける。


「何でもう脱いでんだよ。気が早すぎるだろ」

「だって汗で気持ち悪かったし、メグぴょいなら見られてもいいし」

「身体冷やすと悪化するだろうが」


悪態つきながら持ってきたものを手渡してさっさと部屋を出ようとする。


「どこいくの?背中拭いて欲しいんだけど」

「じゃあタオル寄越せ」

「先に前拭くから待ってて」

「色々おかしいだろ」

「おかしくねーし」


前を拭き終えたおっぱい丸出し女からタオルを奪い取って背中を雑に拭いてやりTシャツを被せる。

ちらちらとつい視線が吸い寄せられたのに気付いているのだろう、ニヤニヤと春島がこちらに嫌な笑みを向けてきた。


「それで?あーしのおっぱい見た感想は?」

「お前っておっぱいまで生意気なんだな」

「生意気って言うなし。もっと他にないわけ?」

「キレイだったぞ…………乳首が」

「乳首だけかよ!もうメグぴょいマジさいてーだし」


ムカつくので適当にからかえば、いじけてこちらに背を向けて寝転んでしまった。

僕がタオルを片付けようと立ち上がると、見計らったように声を掛けてくる。


「ね、メグぴょい」

「なんだ?」

「ありがと」

「何の感謝だよ」

「いろいろ。いっぱい。全部」

「まだ何も終わってないぞ」

「でもあーしはいっぱい救われちゃったから」


なんで、こいつは。

普段クソつまらない意地を張りまくるくせにこんな時だけ素直になりやがって。


「その程度で救われたなんて思うな。お前はこれからもっと幸せになるんだ」

「なれるかな?」

「なれるさ。僕がもっと完璧に救ってやる。まかせとけ」

「うんー、ありがとー。ごほごほ」


最後の間延びした喋り方と嘘くさい咳は我慢できない嗚咽を誤魔化すためのものだろう。

僕がそれに気づいていることに気取られないようにわざと音をたてながら部屋をあとにした。



***



春島が復調したのはそれから二日後のことだった。

念のためもう一日様子を見ようと僕は三日連続で学校をサボり彼女についていた。

だが彼女はシャワーを浴びてさっぱりすると自分の荷物を掴んで僕の前に立つ。


「んじゃあメグぴょい、めーわくかけたね。あ、この服は今度洗って返すから」

「まて、どこに行く気だ?」

「帰るんだけど?」


平然と言い放つその顔はどう見ても強がっているだけだ。


「帰す訳ねえだろ」

「何?あーしのこと監禁する気?」

「バカ言ってんじゃねえよ。クソ親のところになんか返せるか。ウチにいろ」

「いやー、さすがにこれ以上迷惑かけれないっしょ?」

「僕がいいって言ってるんだ」

「でも……」


すまん、春島。僕はもうお前を手放す気はない。

祈りながら、どうか願いが叶えと祈りながら、僕は彼女への好意を口にする。


「春島、僕はお前が好きだ。ずっと僕のそばにいてくれ。僕のそばで笑ってくれ。お前に相応しい居場所は僕のところだ。一緒に暮らそう。一緒に幸せになろう。

僕はお前を幸せにしたい。お前と幸せになりたい。だから春島、好きだ。お前が好きだ。僕のそばにいろ。僕の『義妹』になってくれ」


――――――――チリイィィィィィィン。


祈りは通じて、どこからともなく鈴の音が、聞こえた。

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