僕の人魚姫は『義姉』のはず

急ぎ家に帰る。

三度めともなれば僕に混乱はない。

しずく先輩が我が家の一員になるというのは都合がよいとすら思っている。

僕も、ユキナも、ひまりも先輩のことをもはや放っておけないのだ。

ならば『他人』の僕たちが面倒見るより、『家族』の僕たちがそうした方が都合がいい。

伯父だか叔父だかとの折り合いが悪いのなら、僕の家で僕の家族としてのびのびやればいいのだ。

傲慢かもしれないが、僕は本気でそう思っている。


「そういう訳でしずく先輩が『義姉』になります」


帰宅して二人に告げれば、二人顔を見合わせて首を傾げた。

思っていた反応と違う。

ひまりの時を鑑みれば、突然だろうとなんとなく自然に受け入れる感じになると思っていたのだが……。


「あれ?しずく先輩が家族になるの反対?」


聞けば首を振る。


「そんなことないよっ!しずく先輩なら大歓迎だよ!でも、ねえ……」

「もちろんしずくさんを歓迎いたします。ですが、ねえ……」


何に引っ掛かってるんだろうか。

二人の不思議な態度に混乱している。


詳しく聞こうと口を開きかけたときチャイムの音が鳴り響いた。

しずく先輩がやってきた。


「いらっしゃい」

「ん……今日からよろしく…………にぃに」


――――にぃに。

はて誰のことだろうか。

もちろん僕のことだろう、それはわかる。

だが、にぃにとは兄の特殊な変化形ではなかろうか。


「なんで、にぃになんです?」

「私は……にぃにの『義妹』…………だからにぃに」

「でも年上ですよね?」

「ん……年上の『義妹』……」


――――トシウエノギマイ。

どうやら時空が歪んでるらしい。

何でもありだな謎の『義妹』化現象。


「しずく先輩は――」

「呼び捨て」

「しずくは僕の『義妹』なんですか?姉ではなく?」

「ん。『義妹』」


混乱しながらユキナとひまりを見れば安堵したように笑っている。


「そっかぁ。お兄ちゃんは年齢のこと気にしてたんだね。『義姉』なんて言い出すからおかしくなったのかと思っちゃったよ……」

「『義妹』を姉扱いする特殊性癖に目覚めたあのかと心配しました。姉として振る舞う鍛錬が必要かと……」


だから変な態度になっていたのか。

だがひまりよ……『義妹』を姉扱いする特殊性癖なんて特殊すぎる性癖を僕はこれまで聞いたことが無いぞ。


諦めに似た納得で年上の『義妹』というパワーワードを受け入れる。

大人びた美人な外見でありながらしずくは心に幼さを残している。

妹扱いした方がたしかにしっくりくるのだ。


「じゃあこれからよろしくな……しずく」

「よろしく……にぃに」


腕を広げて新たな『義妹』を迎え入れる。

おずおずと、遠慮がちに僕に抱き着くしずくが愛らしくて、そのまま唇を奪ってしまった。


「……………………えへ」


そっと離した唇に指を当て僅かに口角をあげて微笑する僕の『義妹』はとにかくかわいいのだ。


「よろしくね、しずくちゃん」

「よろしくお願いしますね、しずくさん」

「ん、よろしく……ユキナちゃん、ねぇね」


口々に交わされる挨拶。

しずくがなぜかひまりをおかしな呼称で呼んだ。

しずくよ……君がねぇね呼びしてるのはこの中で一番年下だぞ。


「ねぇね……お兄様とお揃い……まるでお兄様の妻になったようで……ん……そこはかとなくよい趣ですね」


うっとりと頬と下腹部にそれぞれ手を添えながらひまりが陶然とつぶやく。

にぃにとねぇねは別に夫婦じゃないだろ。


「いいなっ!ねぇしずくちゃん、ユキナも呼んでみて」

「……ねぇね?」


コテンと首を傾げながらじずくが呼べばユキナはぶるりと身を震わせる。

ユキナは妖しい光を宿す瞳で妖艶な笑みを浮かべて僕を見つめた。

僕にはユキナの考えていることが分かる。分かってしまった。


――――お兄ちゃんの赤ちゃん産みたいなぁ。


これ以上二人がおかしくなる前に僕はしずくにねぇね呼びの禁止を申し渡すのであった。

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