僕の人魚姫は『義妹』だった

リビングのソファで僕としずくの二人っきり。

ユキナとひまりは夕食後にはさっさと部屋に引っ込んでしまった。

きっと二人でお茶でもしてるのだろう。


僕と少し間を空けて座ったしずくは先程からこちらの反応を窺うようにしながらじりじりと距離を詰めてくる。

なんだかその行動が野生動物のように見えて、おかしくてつい気付いてないふりで観察してしまう。

随分と距離が縮まってぴったりと寄り添う距離になって、この後はどんな動きを見せるのだろうかと内心面白がっていたのだが、しずくはここからどうすればいいのかと途方に暮れた顔をしてしまった。


「しずく、おいで」


こみあげてくる笑いをかみ殺しながら腕を広げて声を掛けてみる。

一瞬ビクリと肩を跳ね上げた彼女は迷うように、甘えるための理由を探すように視線を彷徨わせたあとゆっくり体を倒すように僕の胸に頭を預けた。

僕のみぞおちを額でぐりぐりと押し込み、上目遣いに反応を確認して、また同じように繰り返す。

甘え上手な猫みたいな彼女の頭を撫でれば気持ちよさそうに目を細める。


「にぃに……今日はありがと」


しばらくじゃれ合いを楽しんだしずくが不意に口を開いた。


「今日って昼間のこと?」

「そう。いっぱい慰めてくれて……元気づけてくれて嬉しかった」

「余計なお世話じゃなかったか?」

「ううん。にぃにはいつも助けてもらってる。にぃにの優しさがすごく好き」

「そりゃよかった」


思いのほか真っ直ぐな彼女の好意にちょっと照れてしまう。

目を閉じたしずくは今度は頬っぺたで僕の胸板と遊びながら言葉を続ける。


「ここは不思議」

「うちが?何か変か?」

「変じゃない……でもあったかい」


彼女は普段はあまり動かさない口で丁寧に言葉を探していく。


「今までずっと……泳いでるときだけ生きてるって思えた。ずっと息苦しくて、すごく生きづらくて……でも……ここだと呼吸が楽にできる」


天才肌ゆえに周囲とも感性が違うこの少女は、幼い頃に親を亡くして以来どれほどの孤独を抱えてきたのだろうか。


「ここにはユキナちゃんもひまりちゃんも、それに……にぃにもいる」


大切な思い出を胸の中から取り出すようにそっと浮かべる穏やかな微笑み。

その表情は無垢な童女のようでありながら、成熟した女性らしい美しさを備えた不思議なものであった。


「すごく暖かくて……パパとママが居た頃を思い出す」


なんだか不思議な情景が頭に浮かんできた。

夜の海岸。

一人の少女が誰かの帰りを待ちながら濡れた体で波打ち際に座り込み、夜の静けさに震えている。

ああ、体を温めるために焚火でも焚いてやろう。

それから、でっかいバスタオルでゴシゴシと体を拭いてやるのだ。

濡れた服は乾いてるものと着替えさせて。

それから目一杯抱きしめて温めてやるのだ。

もちろん僕の自慢の『義妹』も一緒だ。

みんなでぎゅうぎゅうと抱きしめてやれば、きっと少女も笑顔を見せてくれるから。


「みんなといると……すごくあったかくて……世界がキラキラに見えて……なんていうか…………」

「なんていうか?」

「ふにゃってなる」

「なんだそれ」

「んー、うまく言えないー」


少し不満そうに眉間にうすく皺をよせて唇を突き出す。

突き出された唇にキスしてみたら彼女は驚いたように目をパシパシと瞬いてにこりと笑った。

ちゅっちゅとついばむようなキスを繰り返す。

彼女は唇だけでは満足いかなかったのか、僕の頬やおでこ、鼻の頭にまで唇を寄せる。


「にぃに……大好き」


***


風呂を出て自室で一人ぼんやりする。

あのあとひたすらイチャイチャしたというのに、なんとなくしずくを誘えなかった。

あの大人びた容姿の割に無垢な少女とそういうことをするのが、とてもいかがわしく悪しきことのように感じてしまったのだ。

だから今夜は一人寝だ。


「にぃに……はいっていい?」

「どうぞ」


しずくが来た。


「にぃに……来たよ」


しずくはバスローブ姿だ。

ひまりに借りたであろうそれは丈が足りておらず、なんというかかなりギリギリであった。

裾から伸びる長く引き締まった足がとても美しい。

彼女は見惚れる僕の視線なんて気にもせず、すたすたと歩いて僕のとなりに腰掛ける。

僕を見つめてにこりと笑うその耳は少しだけ赤かった。


「にぃには……えっちなことしたがってた。けど……いけないことだって思って……我慢してる」


内心をズバリと言い当てられてしまった。

動揺を隠すように僕は視線を逸らす。


「にぃに……いいんだよ?私もにぃにと……したい」


その言葉に逸らしたばかりの視線を戻してしまう。


「しずく……いいのか?」

「ん。初めてだから……どうすればいいのか分からない……けど……頑張るから……いっぱい気持ちいいこと、イケナイこと……にぃにが教えて」


なんと甘美な殺し文句だろう。

背中をぞくぞくと走るのは背徳感だろうか。


「しずく」


名前を呼んで不意打ち気味にキスしてみる。

深いキスだ。

伸ばした僕の舌が彼女の舌をつんつん突けば、彼女はぎこちなく絡めてくる。

二人で一生懸命キスしながら、彼女を隠すバスローブを取り払っていく。


「しずく……綺麗だ」

「ん……うれしい」


僕は一生懸命彼女にイケナイことを教えていく。

声をこらえるように口を引き結んだ彼女は、やがて限界に達して僕の首に腕を回して縋りつくように耳元に唇を寄せた。


「好き、大好き、愛してる、一緒にいたい。ずっと一緒、いつまでも、いつまでも」


無口な彼女が、堰を切ったように、溢れ出すように、怒涛の如く愛を伝えてくる。

僕は負けじと同じだけの言葉を返す。同じだけの愛を捧げる。

激しくなっていく僕に、彼女はぎこちなく、されど懸命であった。

僕らは命を温め合うように、ただただ真剣に、愛し合った。




心地よい疲労と充足感に満たされた僕たちは二人並んで寝転んで手を繋いでいた。

しずくはさすが運動部なだけあってまだまだ元気な様子でこちらをみつめる。


「とても気持ちいい。幸せだった。またしたい。ずっとしてたい。にぃにと一緒だとすごく楽しい。いつまでも一緒にいたい」


興奮したように、感動したようにたくさんの言葉を紡ぐ彼女の瞳はキラキラと輝きに満ちている。

僕はそんな彼女の無垢で幼気で美しい表情に苦笑しながら、あやすように愛でるように優しく彼女の頬をくすぐった。

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