こぼれ話・大和撫子の妹
「ここがあの男のハウスね」
そんなことを言ったかどうかは知らないが、我が家に奴がやって来た。
僕はひまりの大和撫子なイメージと我が家に来た日の装いから勘違いしていたが、別に普段から和服を着ているわけではないらしい。
初日以降は我が家でも普通に洋装――それでも令嬢然とした上品な装いではあるが――で過ごしている。
「やはり洋装の方がなにかと便利ですので……着物を着るのは大事なお客様をお迎えするときぐらいですね」
そう言っていたひまりは今、着物に身を包んでいる。
「実は……実家の妹が一度こちらに遊びに来たいと申しておりまして……お兄様のご迷惑になるようなら断るのですが……」
出来れば許可してほしい、と顔に書いたひまりがそう言い出したのが我が家に来た翌日のこと。
もちろん僕は快諾してすぐに決めた約束の日が今日なのだ。
朝から少しばかり浮かれた様子のひまりを見るに本当に妹のことが大事なのだろう。
ウキウキとした姿にこちらまで笑顔になる。
そんなわけで昼過ぎに奴――ひまりの一つ年下の妹、ひなたがやってきたのだ。
ひまりとよく似た、けれども落ち着いたひまりとは正反対の活発な印象の少女がいつぞやの黒服さんを引き連れて我が家にやってきた。
「お姉さま、お会いしたかった……」
「まぁ、最後に会ってからまだ数日ではありませんか。ですがわたくしも会えて嬉しいですよ、ひなた」
「ワタクシは毎日だってお姉さまにお会いしたいのに」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね。さ、お兄様にご挨拶しましょう」
会って早々抱き着いてくる妹を姉らしく優しく受け止めたひまりに促され、奴は白々しい笑顔で僕に挨拶してくる。
「はじめまして、ひまりの妹、ひなたにございます。どうぞよろしくお願いしますね」
「ああ、はじめまして。ひまりの兄の四季めぐるだ。よろしく頼む」
「まぁ、お姉さま。お姉さまの新しい兄はステキな方ですね。ワタクシ是非とも二人でゆっくりお話ししたいわ」
「まぁ、ひなた。あまりお兄様に我儘を言ってはいけないわ」
「ひまり、僕も是非彼女とは話してみたい。少し部屋で待っててくれるか?」
「ではひまり様。お二人のお話が終わるまで、よろしければこちらでの暮らしを私にお聞かせ願えませんか?」
「えぇ、お兄様がよろしいのでしたら……。ではわたくしの部屋でお話ししていましょう」
白々しい僕らのやり取りに、黒服さんが素晴らしいアシストを決めてひまりをリビングから遠ざける。
このあとのやり取りは多分ひまりに聞かせられないものになるからな。
僕と奴はひまりが自室に引っ込んだのを確認してから浮かべていた笑みを消し冷たい目で見つめ合った。
「それで、お前は一体どういうつもりだ?」
「あら、初対面でお前とは随分ですわね」
「初対面の他人の家で家主に敵意を向ける奴なんてお前で十分だろ?」
そう、この女はこの家を訪れて以来今までずっと僕に敵意を向けてきたのだ。
さすが正月坂家のご令嬢とも言うべき完璧な微笑を浮かべひまりには全く気取られないよう細心の注意を払いながら。
「あら、愚鈍な豚かと思えばワタクシの敵意に気付くだなんて、存外知恵があるようですわね」
「ああもあからさまにされて気付かない訳ないだろ。で、僕が何かしたか?」
「何かしたか、ですって?ワタクシのお姉さまを奪っておきながら何と白々しいっ」
「なるほど。つまりお前は僕のひまりが僕の家で暮らすのが気に入らない訳だな」
「ムキ~~~~~~ッ!!」
『僕の』を強調しながら言えば奴はハンカチの端を噛み締めて発狂する。
少々大人げないが不快な敵意を浴びてこちらも苛立っていたんだ。
「ワタクシが正月坂を掌握した暁にはお姉さまと結婚して、二人きりで嬉しはずかしのいちゃラブ夫婦生活を送る予定だったのにーっ!!
毎日一緒にお茶をして、お姉さまの手料理を手ずから食べさせていただいて、一緒にお風呂で洗いっこして、一緒のお布団に入って、触りっこして、ぺろぺろ合戦して、
余すことなくお姉さまの全てを堪能するはずでしたのにー----っ!!」
何言ってんだこいつ。
僕は思わず真顔になる。
「まず結婚はムリだろ」
「分かっておりますわ。姉妹で同性ですもの、この国の古臭い法制度では姉妹婚も同性婚も認められませんもの。ですが!完璧なプランを用意しておりましたの!形だけの夫を用意して、提供させた子種で二人同時に孕みますの。もちろん体外受精ですわ。そして産まれてきた子を兄弟として育てればこれはもう事実上の夫婦!いっそのことワタクシとお姉さまの受精卵を交換するのもよろしいですわね。ワタクシの受精卵でお姉さまが孕むなんてこれはまさしくおセックスですわっ!!!!」
ダメだこいつ……はやく何とかしないと。
こんな特級呪物さっさと封印しろよ何やってんだよ正月坂家。
あまりの悍ましさに思わず悪態をついてしまう。
ともあれこのクレイジーサイコシスコンを打ち負かせねばなるまい。
努めて悪い笑顔をつくり奴を挑発する。
「ワタクシのお姉さまなのに、それをお前が――」
「たしかに少し前まではおまえの姉だったかもしれん。だが今は僕のひまりだ」
「まだ勝負はついて――」
「もう初夜も済ませた」
「ガアアアァァァー--ッ!!!!」
脳みそが破壊されたらしい。
「あの、大きな声が聞こえてきましたが大丈夫でしょうか、お兄様?」
そのとき奴の発狂音を聞きつけたひまりが様子を窺いに来た。
これは奴にとどめを刺す大チャンスだ。
「ひまり、君の妹は僕たちがこの家でちゃんと仲良くやってるか不安らしい」
「まぁ……」
「だからひまり。僕らがいかに愛し合ってるか見せてあげよう」
言うや否や彼女の唇を蹂躙した。
舌をねじ込めばすぐにスイッチの入ったひまりがねっとりと舌を絡めてくる。
唇を離せば舌先で僕を追いかけてくるいつものヤラしいトロ顔の完成だ。
奴はひまりのエロい顔を血走った目で凝視している。
「まだ足りないらしいな」
「やん……お兄様……ひなたが見ています……どうかお許しを……」
「そうはいっても君の妹が納得していないからな」
着物の上から胸と尻に手を添えてみれば、彼女は口では嫌がりつつも自分から体を擦りつけてくる。
潤んだ目で媚びるように僕の目を見つめる。
奴はそんなひなたの痴態を瞬き一つせず鼻息荒く興奮した様子で見つめ続ける。
「これでもダメか。しょうがない……いつも君が僕にやってくれていることを披露するしかないか」
「ああ……どうか……どうかお許しを……妹の前でそのようなこと……」
「ガアアアァァァー--ッ!!!!」
二度の脳みそ破壊で奴はとうとう鼻血を垂れ流しながら気絶してしまった。
どうやらやりすぎたらしい。
ひまりが慌てて奴を自室に運びつきっきりで介抱していた。
奴が目覚めたあと二人で長くお喋りしていたようで、何を話していたのか帰り際になると奴は僕への敵意を喪失させ、僕のことを『良人様』と呼ぶようになっていた。
自分が認めたひまりの良き相手という意味らしい。
にっこり笑うその姿にひまりが可愛がる理由が少しだけ分かった気がした。
だが、である。
その後僕のスマホにこんな怪文書が届いた。
『良人様。お姉さまのアヘ顔NTRビデオレターまだですの?あくしろですわ』
『お金が必要なら一〇億までなら即金で用意しますわ。ですので何卒シコイやつを頼みますわ』
『トロ顔でエグいおセックスを披露してるのを頼む!ですわ!!』
奴の性癖は更なる進化を遂げたらしい。
僕はそっと奴のメッセージをブロックして、二度と奴にこの家の敷居は跨がせないと心に硬く決意した。
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