こぼれ話・大和撫子とジャンク
いつもの帰り道。
それに気づいたのは本当にたまたまだった。
ひまりに話しかけようと僕が顔を向けたそのとき、彼女の視線がほんの一瞬だけ不自然に動いた。
なんだろうと動いた視線の先を見て理解した。
そこにあったのはハンバーガーショップ。
つい最近まで名家の令嬢であった彼女はジャンクフードに興味があるようだ。
「ひまり、ハンバーガー食べたいのか?」
「いえ……その……」
「もしかして食べたことない?」
「…………はい」
「じゃあ今から食べてみるか」
「いえ……ですが……」
なんとなく二の足を踏む様子のひまり。
ちらりとユキナに目をやればニコニコと頷いてくれる。
「僕が食べたいんだ、付き合ってくれ」
「その…………はい」
「ふふふ♪」
ユキナが楽しそうに笑いながらこちらを見ている。
「なんだよ」
「ユキナたちのお兄ちゃんはステキだなーって」
勘弁してくれ。
恥ずかしくて顔を背ければ楽しそうにクスクス笑う声が聞こえる。
今日はユキナが珍しくいじわるだ。
二人の手を引いて向かったのは『森どなるど』という最大手に喧嘩を売ってるような名前の地元限定で展開されているハンバーガーチェーンだ。
バーガーの味は他と変わらないが、やたらと酸味ばかり強くてクソ不味いコーヒーが有名で、そんな有様なのにそのコーヒーにカルトな人気がある。
噂では地元有力者にも多数のクソまずコーヒー信者がいるらしく、そんな彼らの支援のおかげで今まで潰れていないなんて話すらある。
店の前に立ち、少し緊張気味の、でもどこか嬉しそうなひまりは興味深げに店の前に置かれたメニューを眺めている。
しばらく好きにさせてから注文の仕方と最も重要な事を説明していく。
「基本はセットだな。ポテトとドリンクがついてくる。ドリンクはこの中から選べるけどコーヒーだけはやめておけ」
「なぜコーヒーはダメなのでしょう?」
「カルトになるから」
「…………はい?」
「ここのコーヒーを飲むとカルト教団に入信するハメになるんだ」
「………………えっと?」
「クソ不味いはずなのになぜか信者になっちまうんだ。そうだよなユキナ?」
「そうだね。コーヒー飲んだらカルトになっちゃう」
ユキナも至極真剣な表情で肯定する。
この街では『森どなるど』のコーヒーは禁忌の飲み物なのだ。
毎年何かしらの罰ゲームで飲まされた学生がもれなく入信し、熱心な信徒になっていると聞く。
「とにかくコーヒー以外からドリンクを選べばいいよ」
「えっと……わかりました」
「んじゃあ僕が先に注文するから同じようにしてみてくれ」
困惑しているひまりに最後の念押しだけして僕たちは入店した。
学生の多い時間帯だが店内にはいくらかの空席がある。
「いらっしゃいませー。店内でお召し上がりでしょうかー」
「店内で」
「ではご注文おうかがいしまーす」
「ダブルチーズバーガーをセットで。ドリンクはジンジャーエール」
「私はフィッシュバーガーのセットかな。ドリンクはコーラで」
僕とユキナが注文を終え、ひまりに視線を送る。
「えっと、わたくしはチーズバーガーのセット?でドリンクは……えっと……オレンジジュースを」
どうにか注文できたひまりが安堵の表情でこちらを見る。
僕とユキナがニッコリと笑顔を向けてやれば嬉しそうに顔がほころぶ。
出来上がった商品を受け取って三人揃って席につく。
「はあ……少し緊張してしまいました。おかしくはありませんでしたか?」
「ちゃんと注文できてたぞ」
「全然おかしくなかったよー」
「ならよろしいのですが。早速いただいても?」
「そだな。食べよっか」
少し興奮した様子でバーガーを持つひまりは小さな口で一生懸命バーガーに齧り付いた。
「何でしょう……はしたない食べ方のハズですのに……少しばかり悪いことをしているようで楽しくなってしまいます」
「豪快にいくのが楽しいんだよ。ね、お兄ちゃん」
「そうだな。ひまり、味の方はどうだ?」
「何というか……雑多な味付けですのに、不思議と美味しく感じます」
こんなに雑な食べ物を美味しいと感じてしまうことが今までいいモノを食べてきたひまりには不思議なのだろう。
「そうなんだよねー。大雑把なのになんか美味しく感じちゃうんだよねー」
「そりゃ味付けがバカだからだよ」
「味付けがバカ……ですか?」
「そう。油と肉やチーズの旨味とケチャップの酸味と甘みを炭水化物で挟んで人間が求める味をどんなバカ舌でも分かるようにドストレートにぶつけて来てるんだ」
「あー、言われてみるとそんな感じだねー」
「いつでもどこでも誰でもうまいと感じる味付け。そういうわかりやすさがあるんじゃないか」
「なるほど……そう言われれば素晴らしいモノのように思えますね」
しげしげと神妙な面持ちで今食べているバーガーを見つめるひまりとユキナ。
「ま、雑で大雑把な味付けなのは間違いないけどな。人によってはくどく感じるし」
オチをつければ二人は笑って食事を再開した。
「お兄様、また連れて来てくれますか?」
店を出たひまりにそう言われる。
「もちろん。また一緒に来ような」
嬉しそうに笑うその唇は油で濡れてすこし色っぽかった。
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