僕と天使の親友
僕の親友、愛原剛はバンドマンだ。
ギターボーカルのKEN氏を中心としたメロコアバンド『BUG-SIMULATORS』のベースを担当している。
インディーズレーベルで何枚かCDも出していてそれなりの人気らしい。
実際いい曲が多いし、これを剛が書いていると知らなければ僕もファンになっていただろう。
今日は奴のバンドのライブに行くことになっている。
以前中里さんのついでで誘われたアレだ。
剛が気をきかせてチケットを追加で一枚くれたのでひまりも一緒だ。
普段の装いとは全く違うTシャツに迷彩柄のカーゴパンツでお揃いにした二人の『義妹』がとてもカワイイ。
「更紗ちゃ~ん、こっちこっちー!!」
「ユキナおまたせ~。ひまりちゃんもやっほー」
「全然待ってないよ」
「わたくしたちも今来たところです」
「うわ、ユキナとひまりちゃんお揃いじゃん。めっちゃカワイイ!!」
「いいでしょいいでしょ~」
「あまり着慣れない恰好ですが変じゃないですか?」
「変じゃない変じゃない。私もお揃いしたかったなー」
「次は誘うねー」
ライブハウスの最寄り駅で中里さんと合流する。
女三人寄れば姦しいなんて言うが早速きゃいきゃいと楽しそうだ。
あと中里はナチュラルに僕を無視するな。
ライブハウスはたくさんの人でほとんど埋まっていた。
僕らはホールの広報でおそらく剛が立つであろう位置の真正面を確保した。
ライブがはじまる。
メンバーが現れ一曲目が始まると観客たちは最初から大いに沸いた。
曲が終わりKEN氏のMC中、剛はキョロキョロと僕らを探している。
後方に陣取る僕と目が合う。
そのまま視線をスライドさせて、中里さんを見つけるとすぐに後ろに振り向いてチューニングをはじめてしまった。
僕にはわかる。アイツ今にやけているのをチューニングの振りで誤魔化してやがる。
ちらりと中里さんの様子を見れば、興奮した様子で胸元で手を握りじっとステージ上の剛を見ていた。
二曲目、三曲目と盛り上がりは加速していく。
ユキナもひまりも、そして中里さんも大興奮で楽しんでいる。
『はい、じゃあ今から新曲やろうと思うんですけど……なんとこの曲俺じゃなくてGOU君が歌うんだよね。多分俺の女性人気を搔っ攫うつもりだな』
KEN氏のMCに小さく笑いが起きる。
ギターをスタンドに立てかけたKEN氏が剛のベースを受け取ると、入れ替わりで剛がステージ中央に立つ。
『あー、今日のためにめっちゃ練習してきました。全ては女性人気のためです。KENさん、モテすぎたらスマン』
剛の煽りにKEN氏がリアクションして爆笑が起きる。
『んじゃあ今日はじめて出す新曲なんで聞いてください。「FIRST DAY」』
新曲をやるとは聞いていたが、まさか剛が歌うとは思わなかった。
アップテンポの激しい曲とともに剛がハスキーボイスで歌い上げていく。
簡単な英語でかかれた歌詞。
それはがむしゃらに夢に挑む男をひたむきに走るランナーに見立てた歌だった。
『叶うまで決して諦めない。辿り着くまで走り続けるんだ』
中里さんは陸上部で長距離の選手をしている。
これは紛れもないラブソングだ。
きっとこの会場で剛と僕たち四人しか気付けない。
片思いを諦める気がないバカ男が、たった一人に宛てた恋文なのだ。
『いつか辿り着くって信じていいよね
君はゴールで待っててくれる?
いつまでだって諦められない
辿り着くまで走り続けるから』
曲の終わり、剛はこちらを、中里さんを真っ直ぐ見つめて最後の歌詞を紡ぐ。
『今日こそが始まりの日
僕に残された人生の最初の一日
はじめの一歩を踏みしめたいんだ
君も一緒に踏み出してくれる?』
囁くように発せられたその歌声は、切ない甘さをはらんだものだった。
ジッと呆然としたように剛を見つめる中里さんは、日に焼けた肌を真っ赤に染め上げていた。
しんと静まり返るフロア。
誰もが余韻に浸っている。
さっさと引っ込んだ剛に代わってステージ中央に戻ってきたKEN氏は観客席を静かに見渡す。
『あま~~~~~~~~~~~いっ!!!!!』
どこかで聞いたフレーズを叫ぶKEN氏に巻き起こる爆笑。
ちょっとネタが古くないか?
『何最後のアレ?めっちゃ甘いんですけど!そんなん女性客みんな惚れてまうやん!!』
『KENさんKENさん……モテすぎてスマン』
『ざっけんなテメエっ!!くそ、こうなったら俺も恰好いいとこ見せるしかないわ。いくぞっ!!「NO ONE」!!』
二人の軽妙なやり取りで温まった空気の中、このバンドの代名詞とも言うべき人気曲がはじまった。
フロア内はこの日のライブ一番のボルテージに達した。
ライブ終了後、メンバーとともにライブハウスから出てきた剛に手をあげて居場所を伝える。
あたりはすっかり暗くなっている。
「お疲れ」
「あんがとよ。今日はわざわざ悪かったな」
「いいってことよ。しかし盛大にやらかしたな。おめでとう」
「まだ分からん」
「さっさと当たって砕けてこい」
「フラれねーよ……多分。大丈夫だよな?」
「知るか。さっさと行ってこい」
中里さんの方に送り出せば、二人ぎこちなくぽつぽつと会話している。
しばらくして会話を終えると僕のところに戻ってきた。
ちらっと中里さんに視線を送りながら僕に確認する。
「帰り、頼んでいいか?」
「中里さんならちゃんと送り届ける。心配するな」
「頼む」
「おめでとう、でいいのか?」
それには答えずニッと笑って僕の背中を二つ叩き、剛はバンドメンバーのもとへと歩き去って行った。
まあ、その背を見つめる中里さんの乙女な顔をみれば、答えはすぐにわかるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます