こぼれ話・天使のブルー

ユキナの部屋でお茶をしている。

少し前まで物置同然だった部屋なのに、女の子の部屋というだけでなにかいい匂いがしている気がする。

同じ屋根の下なのに、この部屋だけ異世界にいるような、そんな不思議な気持ちになった。


ユキナが用意してくれた紅茶に舌鼓を打つ。

茶菓子はチーズケーキだ。


「……旨いなこのチーズケーキ」

「でしょ?朝から並んだ甲斐があったよ~♪」


どうやら並ばなければ買えない有名店のものらしい。

今まで甘いものなんて興味なかったが、なるほどこういうのもいいものだ。

彼女との生活は、僕に新鮮な驚きと発見をもたらしてくれる。

ユキナのおかげで僕のプロフィールの『好きなもの』欄には書くことがどんどん増えていく。


「このお店はね、チーズケーキ以外にも店内限定のメニューとか色々あって一度店で食べてみたいんだよね。お兄ちゃん、今度一緒に行ってくれる?」

「僕でよければいつでも付き合うぞ」

「やったー♪お兄ちゃん大好きー♪」


他愛ない話をしながら部屋を見渡す。

家具は一緒に選んだし荷物整理も手伝ったはずのに、女性らしく小物などでお洒落に飾り付けられ部屋の印象は随分かわっていた。

タンスの上には写真立て。

写真には輝く笑顔の天使と平凡フェイスの僕が写っている。

引っ越し記念にこの部屋で一緒に撮ったものだ。

自分とは思えぬほど満ち足りた穏やかな表情の平凡顔に気恥ずかしくなり目をそらす。


「なんか、色々増えてるな」

「飾り付けだすと止まらなくなっちゃってね。変かな?」

「いや、変じゃない。むしろ可愛いと思うぞ」

「んへへ♪カワイイって言われちゃった♪」

「いや、部屋の話だぞ」

「わかってるよー♪」

「まあ、なんだ、統一感があって洒落てるな」


改めてみると彼女の部屋には青色が多い。

カーテンや布団のカバー。他にもところどころに青いものが用いられてる。

彼女のお気に入りのパジャマも青色だったはずだ。


「青が好きなのか?」

「うーん、瞳の色だからね……なんとなく合わせてる感じかな」


たしかに、そう言われてみればこの水色に近い淡いブルーはユキナの瞳を連想させるものだ。


「なるほどな……僕も青好きだぞ」


そんな言葉が口をついてでた。


「お兄ちゃんは『青』が好きなの?それとも――――」


――――ユキナの瞳が好き?

そう、問いかけているのだろう。

期待したような目が僕に向けられている。


「青『も』好きだぞ」

「青『も』なんだ……ふふ」


ひねくれた解答に、それでも嬉しそうにはにかまれてしまった。

頬が熱い。

ここで目を逸らせば負けた気になるので、照れを自覚しつつも変わりなく振る舞う。


「ユキナ『も』お兄ちゃんの瞳好きだよ♪」


ストレートな殺し文句に顔を思いっきり反らしてしまった。

悔しい。


「僕の目なんて他と変わらないありふれたものだろ?」

「んー、お兄ちゃんの瞳は他の人よりも深い黒だね」

「そうか?」

「そうだよー。『宇宙』みたいに濃くて澄んでて深い黒だよ」

「そうかな?」

「そうだよ……ユキナの大好きな色だよ」


今度こそ負けを認めた僕は片手を顔にやって情けないニヤケ面を覆い隠す。



僕の好きなものに、自分の瞳の色と宇宙が加わった。

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