こぼれ話・天使とホラー

それはGW中のある一日の話だ。

いつも満面の笑みを僕に向けてくれるかわいい『義妹』に、少しばかりいたずら心が疼いてしまった。


きっかけはその前日のこと。

映画が見たい気分になりつつも人ごみを嫌った僕たちは近くのレンタルショップでDVDを借りることにした。

そのときユキナがあまりにも露骨に特定のコーナーを避けていたのだ。

そのコーナーに近づくとすぐに顔を背け、背をむけるようにして絶対に視界に入らないようにしていた。

そのコーナーとはホラーだ。


「ユキナ、こっち――――」

「ダメ」

「これとか話題――――」

「ダメ」


試しに、とホラーを提案すれば言い終わる前に拒否された。

よほど苦手なのだろう。


そんなことがあったものだから思ってしまったのだ。

この天使のような『義妹』が怖がる姿はきっとかわいいのだろうな、と。

嗜虐的な好奇心に支配された僕の行動は早かった。


「僕のおススメのゲームやってみない?ユキナのために選んだんだけど……」

「お兄ちゃんのおススメ?ユキナに選んでくれたの?やるやる!」

「ちょっと難しいかもしれないけど頑張って最後までやってほしいな」

「頑張る!ちゃんと最後までやるよっ!」


僕を疑うことなく無邪気に提案に乗るユキナに罪悪感が――――全然わかなかった。

正直どうなるのか楽しみすぎてウキウキしている。

リビングの大画面にゲーム機をセットして、ユキナにタイトルを見せないように気を付けながら起動する。

僕が選んだタイトルは、廃病院に閉じ込められた主人公が過去に行われていた悍ましい儀式の痕跡にふれながら脱出を目指すゲームだ。

ホラーのツボを押さえたオーソドックスな怖さが高く評価されている人気作だ。


「お、お兄ちゃん……何か変だよ……これもしかして」

「うん、ホラー」

「やだやだやだやだムリムリムリムリ」

「最後までやるって言ったよね?」

「やだよぅ…………もう怖いよぉ……お兄ちゃんたすけてぇ……」


コントローラーを握るユキナはタイトルが映し出された時点で限界に達していた。

そんなユキナに代わってコントローラーのボタンを押す。

ニューゲームを選ぶとムービーがはじまる。


「……ひぅ…………ひゃっ…………あ゛ーあ゛ーこーわーいー…………やだやだやだやだ……な、なにっ……もうやだぁ……ゆるじでぇ…………」


ちなみにここまでホラーなシーンは一度もない。

思うに、ホラー嫌いには二種類いるのだ。

一つは単に怖いのや驚くのが苦手なタイプ。

こういう人は怖がりながらも意外と楽しめるタイプだ。

そしてもう一つはホラーの雰囲気が苦手なタイプ。

このタイプはホラー特有の緊張感に敏感に反応して自分で想像を膨らませて自分を追い詰めていく。

ユキナは後者なのだ。


オープニングムービーが終わるころには僕の膝で丸まって泣きながら震えていた。

結局、一度もボタンを操作することなくユキナはギブアップしてしまった。

まさかここまでダメとは思わず、少しかわいそうになってしまう。


困ったのはそのあとだ。


「ダ、ダメ……お兄ちゃん…………離れちゃヤダぁ……」


ユキナの恐怖はいつまでも後を引き、その日一日中僕にピッタリとへばりつき離れることを嫌がった。

テレビの音すら怖がるせいで何もできないまま過ごすハメになってしまう。

困ったのは風呂とトイレだ。


風呂は、まだいい。

余裕のない彼女は誘惑してくることもなく、二人手を繋いだまま体を洗い湯船に浸かりさっさと出てしまった。

怯え震える彼女が相手では、さすがに僕の愚息も行儀よくしていた。


問題はトイレだ。

彼女がいかに僕を慕っていようと――いや慕ってくれているからこそ排泄音など聞かれたくないだろう。

寝る直前、多大な葛藤と我慢の末に限界を迎えた彼女は恥ずかしそうに僕にお願いしてきた。


「……トイレ行きたいの…………怖いから付いてきて…………」


僕にトイレの前までついてこさせたユキナは、音が聞こえないよう歌を歌えと要求してきた。

僕に否は無い。なるべく明るい能天気なアニソンを選曲して歌った――――が。


「お兄ちゃん……やっぱり怖いよ……トイレ中に歌が聞こえるってすごい怖い…………お兄ちゃん……一緒にはいって……」


ドアを開けて飛び出してきたユキナが羞恥と恐怖を天秤にかけて、そう言いだした。

仕方なく一緒にトイレに入る。

彼女に背を向けて、あまり意味はないだろうがそっと耳をふさぐ。


「お兄ちゃん……後ろ向いてるとなんか怖いよぉ……ユキナの方向いて…………下は見ちゃダメっ……顔だけ……ユキナの顔だけ見て……」


振り返ってユキナの顔だけを見る。

とんでもなく気まずい。

耳をふさぐ手を貫通してじょぼじょぼと水音が聞こえてくる。

先ほどまで恐怖で潤んでいた瞳が、羞恥で泣きそうになっていく。


「出ちゃった……」

「……ああ、そうだな」

「拭くからそのまま待ってて……」

「ああ、待ってる」


それからすぐにベッドに入ったのだが、先ほどの水音が耳にこびりついて離れない。

もしかしたら、僕の性癖を歪めることで彼女は僕に報復したのではなかろうかと、少しだけ疑ってしまった。

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