僕に『義妹』ができるまで
窓から覗く夕映えが楽しい一日の終わりを告げているようで、なんとなくアンニュイな気持ちになる。
「みんないい家族だったな」
「うん、自慢の家族だよ。でもユキナの一番の家族はお兄ちゃんだからね」
「家族と離れて寂しくないか?」
「お兄ちゃんがいるからへーきだよ」
龍斗さんが仕事に出かけるのにあわせて僕たちは冬木家を辞去した。
今はまったり自宅でくつろいでいるところだ。
「お兄ちゃん。これからはユキナがお兄ちゃんの家族だからね。お兄ちゃんの家族はここにいるよ」
不意に、ユキナは真剣な表情でそんなことを言い出した。
「だからお兄ちゃん、寂しがらなくてもいいんだよ」
「いや、僕はユキナが寂しがってないか心配で――――」
「ユキナの帰る家はここ。お兄ちゃんと一緒の家。ユキナはずっとずっとお兄ちゃんのそばにいるよ」
「な、んで……」
ああ、この『義妹』は何故こうも聡いのか。
そうだ。僕は冬木家の家族が羨ましかったんだ。
嫉妬したわけじゃないんだけど、それでも亡きクズ両親への恨みと自分への憐れみが湧き上がってきて――――
「お兄ちゃん。ユキナの大好きなお兄ちゃん。ユキナはお兄ちゃんの家族だよ」
その声は途方もなく優しく、愛に満ち溢れていて。
気付けば強く彼女の体を抱きしめていた。
「ん、お兄ちゃん、ちょっと痛いよ」
「ご、ごめん」
「大丈夫。はい、ぎゅー」
今度は力を籠めすぎないよう慎重に抱きしめる。
「僕の両親の話聞いてくれる?ちょっと重たい話になるんだけど」
「いいよ。いくらでも聞くよ」
なんとなく、なんとなくだけど今なら気持ちの整理をつけられそうで、僕は彼女の優しさに甘えて全部ぶちまけることにした。
きっとこういう時に頼るのが『家族』だから。
***
僕の両親は控えめに言ってクズだ。
父は会社を大きくすることにしか興味の無い、人の心のない男だった。強引な手法で会社を大きくし方々で恨みを買っているらしい。
母は色狂い。何人もの男をとっかえひっかえし、家に男を連れ込んで快楽に耽ることも珍しくなかった。
当然僕のことは二人揃ってネグレクト。僕の世話は中年の家政婦に任せきりだ。
両親と会話などほとんどしたことはないし、食事もいつも一人だった。
そんな家庭なものだから、学校が唯一の逃げ場だった。
学校には友人がいて、毎日遊んでくだらない話で盛り上がって。そんな当たり前が凄く楽しかった。
そんな唯一の逃げ場がそうじゃなくなってしまったのは小四のとき。
いじめにあった。原因は両親の悪評。
両親そろって評判が悪く、また事実として素行がよろしくないので悪評には事欠かなかった。
おそらくいじめの主犯たちはそんな両親の悪評を家庭で聞きかじって来たのだろう。
犯罪者の子、人殺しの子と罵られ暴力を振るわれるようになった。
教師に相談しても何もしてくれない。
あたりまえだ。素行の悪い両親を持つ僕一人のために、まともな素行のたくさんの保護者と敵対しようとは誰も思わないだろう。
仕方なく両親に話してみた。
『そう、大変ね…………』
母は他人事のようにそれだけ言うと、次の瞬間には僕のことなどさっぱり忘れて猫なで声で男に電話をかけはじめた。
『だからどうした?その程度のことで俺の足を引っ張るな、愚か者めが』
父はそれだけ言うと振り返ることもなく仕事に出かけた。
『あぁ、この人たちは親じゃ無いんだ』
僕にはそうとしか思えなかった。
ならば僕は一人で生きるしかない。親のいない子どもとして自分のことは自分で守らなければいけない。
決意を胸に僕が知る数少ないまともそうな大人に電話を掛ける。
相手は父の秘書、的場さんだ。
『いじめの被害に対処するため弁護士を紹介して欲しいです。もしご協力いただけないなら児童相談所に駆け込みます』
『…………今晩家にお邪魔するからその時に詳しい話を聞かせてくれないかな』
僕は僅か一〇歳にして大人を脅すという行為に手を染めた。
今にして思えば稚拙な脅しだが、当時父の周りを騒がせれば他の悪事まで露見して折角大きくなった会社もぺしゃんこに潰れていただろう。そういう意味では効果的な脅しだった。
的場さんは僕から事情を聞くとすぐに動いてくれた。
両親の代理人として学校と主犯格の保護者たちに話をつけ、一週間もすればいじめはなくなった。
多少ぎくしゃくしつつも穏やかな学校生活を取り戻し、何人かは変わらず友人付き合いを続けることができた。
それから的場さんがちょくちょく僕の様子を確認して、必要なら手助けしてくれるようになった。僕のことを心配してくれているらしい。
正直的場さんがいなければ僕は両親そっくりの人格破綻者になっていただろう。
中二のときに両親が死んだ。
外国で開かれる夫人同伴のパーティに出席するために空港に向かう途中で事故にあったんだとか。
興味もなかったので詳しくは知らない。なにせ親とは思っていなかったし、一〇歳のころから一度もまともに会話してなかったから。
葬儀に来た唯一の血縁者となった母方の伯父からはこう言われた。
『あいつらの遺産なんて一銭も欲しくない。必要な書類があればサインはするから、君もそれ以外では一切関わらないでくれ』
莫大な遺産などに目もくれず絶縁を求める伯父と、両親のあまりの嫌われっぷりに思わず笑いそうになったほどだ。
そういう訳で天涯孤独の身となって、的場さんの手を借りながらなんとか今日まで生きてきた。
***
語り終える頃には僕の体を抱きしめるユキナの腕の力が随分強くなってしまった。
ああ、悲しませてしまっただろうか。
僕は腕の中の天使になるべく明るくニッコリと笑いかける。
「まぁ、そんな感じだからまともな家庭に憧れがあるんだよね。でももう大丈夫。僕にはユキナがいるから。そうでしょ?」
「そうだよ、お兄ちゃんにはユキナがいるよ」
「だからもういいんだ……ありがとう、ユキナ。大好きだ」
「ユキナも大好きー♪」
それから晩御飯の時間まで、二人でたっぷり抱きしめ合う。
僕の長年のコンプレックスは夕焼け空に綺麗さっぱり溶けだしてしまった。
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